後継者対策の本命か!? 中小企業の「M&A」
事業承継実践講座
後継者対策の本命か!?
中小企業の「M&A」
ここ数年、「M&A」がニュースなどで話題となる機会が増えた。ほとんどが大手企業の案件だけに、「M&Aは大企業が行なうもの」と思っていないだろうか。実は、中小企業でM&Aが増加している。後継者がいない企業の事業承継対策として有効な手法であることが理由だ。そこで今回は、中小企業にとってのM&Aにスポットを当ててみよう。

“M&A”とは、「Mergers(合併) and Acquisitions(買収)」の頭文字をとった略称(*1)で、具体的には株式の譲渡や買収、事業譲渡・譲受、合併、資本参加や提携など企業再編に関連する手法のこと。簡単にいうと、会社や事業の売買である。
基本的にM&Aの根本思想は「お金で時間を買う」ことだ。新規事業を立ち上げようとした場合、技術やノウハウの蓄積、人材育成、販売網の構築などに長い期間が必要となる。だが、こうした経営資源をM&Aを介して取得することで、迅速に事業をスタートさせられる。つまり、M&Aは変化の早い時代において重要な経営戦略の1つといえる。
ここ数年、ニュースなどでも話題となっているように、大企業(上場企業)のM&Aが盛んだ。例えば、ライブドアによるニッポン放送買収騒動や楽天のTBS買収問題、いずれも買収が失敗に終わった王子製紙による北越製紙、紳士服のAOKIホールディングスのフタタ買収などは、大きく報じられた。
いずれも敵対的買収(*2)と呼ばれるものだっただけに、M&Aに対して乗っ取りや身売り、救済といった悪いイメージを世間に植え付けたことは否めない。だが、前述したようにM&Aは双方の友好関係をベースにした戦略的なもの。上場企業の多くは、効率的に企業価値を増大させることを狙いとして、M&Aを行なっている。
ニュースとして世間を賑わしているのは上場企業だが、M&A全体の大多数を占めると推測されているのは未上場の中小企業なのだ。M&A仲介業者レコフの調査によると、06年のM&A成約件数は2800件弱。このうち、約7割を未上場企業が占めているという。しかも、その件数は増え続けている状況で、98年当時に比べ06年は約4倍にもなっている。
(*1)事業売却(Divestitures)もM&Aに含めて、最近では「M&A&D」と呼ぶこともある
(*2)敵対的M&Aのこと。被買収企業にとって、仕掛けられた買収に反対であれば敵対的M&Aとして分類される。市場で株式が売買される公開企業ならではのものだが、基本的には売り手と買い手の双方同意の下で進められる友好的M&Aがほとんどだ
事業承継としてのM&A
中小企業におけるM&Aの主な目的は、事業承継対策として会社や事業を譲渡することだ。大手と同じように企業価値増大を目指して他社を買収するニーズもあるが、売り手(譲渡企業)としてM&Aを活用したいという要望が多い。
この背景にあるのは、中小企業の後継者難である。事業承継の時期を迎えた中小企業が増えており、「何とか会社を残したい」「従業員へ迷惑をかけたくない」とM&Aを選択するケースが増えているのだ。06年版中小企業白書によれば、年間廃業数約29万社のうち約7万社が後継者不在を理由に廃業しているという。
廃業は経営者のみならず、取引先や従業員、顧客など多くのステークホルダーへ影響を与えるだけに、会社を存続させるための手法としてM&Aを選ぶ企業が増えてきた。また、未上場の株式は換金性が低いため、M&Aにより売却して相続税に備えようというケースもある。
「以前、後継者がいないことを理由に事業譲渡の相談に来る中小企業は5割程度だったが、現在は7割近くに達しているのではないか」(東京商工会議所・経営支援部中小企業相談センターの大山智章副主査)。
とはいえ、後継者対策の手段としてM&A活用を検討する中小企業は、まだまだ少ない。例えば、大阪信用金庫が行なった独自調査(06年3月公表)では、後継者がいないという中小企業にM&Aの認知度を聞いたところ、「あまり知らない」「知らない」との回答が7割近くにも達している。
さらに事業承継の手法としてM&Aにより事業を譲渡することについては、3割を超える企業が「抵抗あり」と答えている。また、「どちらでもない」との回答が約6割を占め、現実的な手段としてM&Aの活用を検討していないとも考えられる。
オーナー企業や同族経営が多い中小企業では、手塩にかけて築いてきた事業を第三者に承継させることへの抵抗感が根強い。だが、後継者問題を解決しない限り廃業せざるを得ず、雇用や企業独自の技術やノウハウが失われるなど国内経済にとっても大きな痛手となる。
こうした状況から、中小企業の廃業を抑えて地域産業の活力を維持しようとM&Aを促す政府施策が増えており、今後は会社・事業譲渡による事業承継が増えていくはずだ。
M&Aは事業承継に有効
では、M&Aによる事業承継には本当にメリットがあるのか。中小企業の承継パターンを確認しながら、これについて見ていこう。
図1は、未上場企業の事業承継に一般的な5つのパターン(出口)を示したものだ。「親族への承継」と「従業員への承継」は、後継者が決まっているケースである。長期的かつ計画的に承継を進めていくことが重要となる。
ただ、役員や従業員への承継となると、「オーナーから株式を買い取る資金不足」や「借入金に対する保証を引き継ぐ担保能力がない」といった理由から、難しいケースも多い。上場を目指せる優良企業なら、後述するMBOを利用できる可能性がある。
後継者がいない企業にとって、選択肢は「株式公開」「M&A」「清算・廃業」のいずれかだ。株式公開は新興市場が増えたとはいえクリアするべきハードルは高く、事業承継対策としては難しい。
これらのパターンを選べない企業にとって、M&Aは承継対策として有効な手法である。「企業の存続」を実現しながら、「創業者利益」を得ることができるからだ。
企業の存続は自ら育ててきた会社を残すことができるだけでなく、得意先や従業員に対する責任を果たすことにもつながる。会社の所有者が変わるだけで、得意先はこれまで通り取引を継続でき、従業員も雇用継続されるケースが多い。
創業者利益という面でもメリットはある。会社や事業を売却することで譲渡益による創業者利益を得られることもそうだが、M&Aは清算・廃業に比べて税制面で手取り額が多くなるケースが多いのだ。
例えば株式を売却した場合、未公開株では譲渡益に対して20%の課税で済む。一方、清算・廃業では清算所得に対して、所得税や住民税、事業税などの税金が法人/個人の双方に課せられるため、株式譲渡などに比べてオーナー経営者の手取り額が減ってしまうのである。
また、設備や在庫といった資産についても、株式譲渡では基本的に時価により判断されるが、清算・廃業の場合には設備などは二束三文程度でしか売却できないこともあるという。できる限り、M&Aの可能性を模索した方が得策というわけだ。
廃業については前述した。経営者だけの問題ではなく、雇用、ノウハウや技術などの損失につながるだけに、最後の選択とすべきである。
中小企業に適した手法は3つ
具体的なM&Aの手法にについて詳しく見ていこう。
基本的にM&Aは、大きく「広義のM&A」と「狭義のM&A」の2つに分けられる。前者は経営権や資本の実質的な移転に加え、事業統合や提携など資本移動を伴わないものも含む。これに対し、後者は実質的な資本移動を伴うものだけだ。ここでは中小企業の事業承継という視点から、狭義のM&Aを解説する。
図2は、M&A(以下、基本的に狭義のM&Aのこと)の手法を体系化したものだ。各手法の概要は表1を参照してほしい。ここでは、中小企業の事業承継に最も活用されている「株式譲渡」と「事業譲渡(営業譲渡)」、そして中小企業でも利用されるようになってきた「MBO」について解説していこう。
まず「株式譲渡」とは、所有する発行済株式を買収側企業に譲渡すること。株式の売却により、会社の経営権を移転させる方法である。
事業承継における同手法のメリットは、前述した主なM&Aの利点と同じだ。株式を買い手に譲り渡すだけなので会社、従業員や取引先関係などは変わらない。ステークホルダーへの影響が最も小さい手法といえる。
さらに、株式の売却益が中小企業のオーナー経営者へ直接入ることも株式譲渡の特徴だ。これは、いわゆるキャピタルゲインであり、税制面でも優遇措置が講じられている。
ただし、会社そのものを売却するため、財務基盤の安定や買い手にとって魅力的な要素があるなど、クリアしなければならないハードルは後述の事業譲渡に比べて高い。
選択肢が広がる事業譲渡
「事業譲渡」は、事業の再構築や再生などを目的に大企業でも用いられることが多い手法だ。譲渡する事業が企業にとって全事業である場合を「全部譲渡」、事業の一部なら「一部譲渡」という。
ここでいう事業とは、「有機的に結合された組織的財産」と定義されており、動産や不動産、特許権、ノウハウや人材、取引先との関係、債券や債務などを含んでいる。これらを一体として第三者へ移転することが、事業譲渡というわけだ。大手のケースだが、コニカミノルタがソニーへカメラ事業を譲渡したのは、その好例といえる。
譲渡企業にとって、この手法のメリットは「譲渡対象を自由に選べる」こと。事業や資産から特定の一部だけを取引対象とできるので企業全体としては売却が難しくとも、優良事業などを対象とすることでM&A成約の可能性を高めることができる。
自社の法人格や残った事業の廃業や清算手続きは必要だが、少なくとも特定の事業を継続させ従業員などを守ることが可能だ。
いくつか留意点もある。「M&Aの対価が法人に入る」「手取額の減少」「手続きの煩雑さ」などだ。
事業譲渡では売却の対価が法人へと支払われるため、オーナー経営者は譲渡益を直接得ることができないという点で株式譲渡と異なる。
また、株式の譲渡益(キャピタルゲイン)への課税率は20%だが、事業譲渡では40%を超える課税がなされる。事業の譲渡益と相殺できる費用や損失、繰越欠損などがある場合は税務上のメリットもあるが、ない場合には税負担が大きくなり経営者の手取額が少なくなるケースがある。
譲渡対象を自由に選定できるメリットの一方で、資産や負債などの移転手続きに個別対応する必要があり、手間がかかる。
今後、中小企業の事業承継策としても有効と見られているのがMBO(マネジメント・バイ・アウト)だ。
これは、企業内部で事業部門の経営に携わっていたマネジメント層が、企業所有者から経営権や株式を買い取って事業を継続すること。
オーナー経営者にとっては、社員が事業を継続してくれるため「企業文化や雇用の維持が図りやすい」といったメリットがある。買い手のマネジメント層にとっては、「最小限の資金リスクで経営権取得」「会社の経営資源を受け継ぐことが可能」といったことが利点となる。
MBOは、中小企業の事業承継策として徐々に増えてきているという。ただし、経営権や株式を買い取るのに必要な資金を、マネジメント層が用意することは厳しい。そこでMBOのスキームとして一般的に活用されているのが、ファンドやベンチャーキャピタルなどの支援を受けて、経営権などを取得する方法だ。中小企業向けのMBOファンドも設立されており、事業承継策の1手法として活用されるケースがさらに増えると見られている。
ファンドなどの支援を受ける以上は、株式公開(IPO)やキャピタルゲイン取得を目指して、企業価値の増大が要求される点には留意したい。
企業としての強みがポイント
こうした手法を使ってM&Aを選択するために、中小企業に必要とされるポイントは何であろうか。
結論からいうと、「会社の規模はある程度は必要で、債務超過がないといったことも要求されるが、最も重要なポイントは独自ノウハウや技術、抱えている顧客網などに魅力があるかどうか。こうした強みがあれば、規模が小さく多少なりとも財務状態が悪くても買い手がつく可能性はある」(東京商工会議所・中小企業センターの大山副主査)とのこと。事業承継としてM&Aを視野に入れるなら、自社の強みを磨くことが必要だ。
実際、M&Aが増えているのは売上高5億円から10億円規模だが、1億円規模でも十分に可能という。事業譲渡では、あるソフトウエア関連会社が売上高1500万円ながら、M&Aを成約させた例もあるという。
最近は、相談窓口も増加。公的機関や民間仲介業者、税理士など様々な方面からアプローチ可能だ。例えば公的機関では、東京商工会議所の「東商M&Aサポートシステム」をはじめとして、各地の商工会議所などが相談を受け付けている。
さらに、中小企業庁が「事業支援ネットワーク」を全国に整備。埼玉県などもM&AやMBOも視野に入れた独自の支援ネットワークを立ち上げている。
「ひと言でM&Aといっても手法は様々で、企業によって従業員の雇用確保や会社存続などM&Aの目的は多種多様。思っている以上に成約に結びつく間口は広いので、支援機関などに足を運び相談してみることが重要」(同前)という。
“後継者がいない中小企業”にとってM&Aが事業承継に有効であることは間違いない。まずは専門機関への相談——これが後継者難を解決する一歩ではないだろうか。
中小企業M&Aの成約事例
●サービス業
譲渡企業はポンプや空調機、モーター等の修理・保守を主力業務とする中小企業。オーナー経営者は、健康上の問題と後継者難からM&Aを決断したという。
固定顧客や熟練エンジニアを社員として抱えている点が強み。企業規模は大きくないものの、業績も安定していた。買収側の技術力強化と事業分野拡大という目的と同社の強みが一致しM&Aが成約した。
「社員の今後の生活安定を第一にM&Aを進めた。何社か提案をもらった中で、社員の待遇を維持できる相手に決めた」(譲渡企業の社長)とのこと。社員への責任を目的にしたM&Aといえる。
●アパレル製造販売業
譲渡企業は婦人向けアパレル製造販売を主軸事業とする中小企業。オーナー社長は後継者が不在であることからM&Aを決断した。
同社の強みは製品企画力と独自の販売ルート。買収側企業の目的は、企画力強化と顧客網の拡大であり、これが譲渡企業の強みと一致して成約へとつながった。
「信頼のできる企業と無事に成約できたことで、従業員や自身にとって最高の結果となった」(譲渡企業社長)という。
●製造・卸売業
譲渡企業は、事務用品の製造・卸売業を主軸とする中小規模の優良企業で、後継者難からM&Aを決断したという。
買い手側は、通信サービスや印刷業を展開する比較的規模の大きい企業だ。譲渡企業の販路などに着目。商圏を拡大したいというニーズと合致して、M&Aが成約した。
「譲渡企業が大手グループの一員となることで、さらなる発展が期待されるケース」(仲介担当者)とのことである。
※これらの事例は東商M&Aサポートシステムが手がけた成約事例から抜粋





