福島敦子のアントレプレナー対談 No.9

(写真◎乾芳江)

エポック・ジャパン◎高見信光社長

葬祭業界の閉鎖性に一石
オープンな葬儀提案で躍進
エポック・ジャパン(東京都港区)
「家族葬のファミーユ」の提供、及びFCシステムによる葬儀葬祭事業等を主要事業として2000年に設立。価格体系が不透明とされる葬儀業界にあって、ファミーユは明確な5つの料金プランを打ち出したオープンなサービスとして注目を集める。葬儀業に問題意識を持つ若手経営者の賛同を集め、FCシステムによる全国展開を推進中。04年6月現在の加盟店数は28社・38店舗。04年5月期売上高は加盟店全体で17億円(前年比146.6%)。3年後の上場を目指している。
●沿革
2000年 (株)エポック・ジャパン設立 ファミーユおおつかホール(宮崎県)オープン
2001年 加盟店募集スタート 「家族葬のファミーユ」営業開始
2002年 ファミーユ宮崎店がドミナト展開開始 グループ売上高は6億円に
2003年 FC加盟店数が25社に グループ売上高は11億6000万円に
2004年 グループ売上高は17億円(単体売上高は3億円を突破)

取り残された業界!?

福島敦子氏 福島 いろいろな業界の経営者にお会いしてきましたけれども、葬祭業は初めてです(笑)。よろしくお願いします。
 高見 こちらこそ、よろしくお願いします。


 福島  「IT時代」といわれ始めて、消費者が情報を持ち企業を選ぶ時代になりました。ところが葬祭業だけは、そうした時代の流れから取り残されたというか (笑)、利用者には情報が少なく、相場も分かりません。親族が亡くなって悲しみに打ちひしがれている時に、後から多額の請求書がきて追い討ちをかけられ る、そういう経験をされた方もいると思うんです。高見社長は、お父様が宮崎で葬祭業を営なまれていたわけですが、葬祭業界をどうご覧になっていたのですか。
 高見 一般の消費者がどのように葬儀社をとらえているかと いうことは、家業を手伝うまでは分かりませんでした。葬儀社が提供するサービスに合わせないと、生活者にはどうしていいか分からないという現実があります し、その中で企業経営が成り立っていましたから、この状態を是として受け入れていたんです。
 しかし、そこにつけこむ業者がいることも事実で、これが業界への不信感を生んでいるということも、今はよく分かります。


 福島 できれば豪華なお葬式をしてあげたいとか、安いものは気が引けるとか、遺族にはそういう特殊な心情が働きますよね。だからこそ今まで、新しい動きが出てこなかったのかなという気がします。
 高見  それは確かにあると思います。一方で経営的にいいますと、葬祭業は、いつ何時ご依頼をいただくか分かりませんので、365日24時間、熟練スタッフを待機 させなければいけない。しかも、東京以外の地域では葬儀場などへの投資も必要ですから、固定費が非常に分厚い。これを回収するには、不透明な価格の方がい いんですね。そのためご遺族の気持ちにつけこむような手法が、まだ残っているのだと思います。

 


家族葬「ファミーユ」とは

 福島 2000年の会社設立から短期間で急成長されましたが、これは裏を返せばそれだけ多くの方が、これまでの葬祭業に不満を抱いていた証でもあると思います。急成長の要因を、ご自身はどう分析していますか。
高見信光社長 高見 家族葬「ファミーユ」をスタートするきっかけは、父の会社の急激な売り上げダウンでした。大手互助会が宮崎に参入し、2-3年で売り上げが半分まで落ち込みました。
 父が営なんでいた葬祭業とは、地域に密着して人間関係を作りながら、いざという時にご依頼いただき、真心を込めてサービスをしていくこと。それが評価さ れた会社でした。ところが、あっという間に売り上げが落ちてしまった。その時に「生活者は、本当は葬儀に何を望んでいるのか」ということを見つめ直したん です。

 まず、問題点は価格にある。そこがグレーのままでは不信感が残ります。もう一つは看病疲れをしたご遺族が悲しむ時間がないことです。疲れている中で費用や段取りなどを詰めなければいけない。
 そこからファミーユが生まれたのです。格式などに振り回されることなく、価格もオープンにする。段取りや準備なども、その地域の標準的な内容のものを、私達が総合的にプランニングするサービスです。


 福島 お葬式が忙しいのは遺族を悲しみから開放しているのであって、それは救いなのだという声もよく聞きます。でも考えてみたら、やっぱりおかしいですよね。
 高見 すべておかしいとはいえないとも思うのですが、でも、やはりそばで泣ける時間、後悔の念などいろいろあると思うんです。そういう場所や、そういう気持ちになれる空間を作りたいと思っています。
 生きている間は、私も父親と喧嘩をしますけれど、やはり最後の別れでは素直な気持ちを表せる時間や場所が必要なんです。しかし、今はそれを提供する環境がない。そのことを念頭にして、いろいろなサービスを考えたいと思っています。

 

 

父親への畏敬と葛藤

 福島 高見さんは、家業を通じてこの業界にずっといらっしゃったわけです。そうすると、新しいものの見方や新しい発想が生まれづらい部分があると思います。どういうところで発想の転換をされたのですか。
 高見 確かに葬儀社の息子ではあるのですが、6年前までは金融機関におりました。しかも、葬祭業に携わるようになってすぐに、父の会社の売り上げが落ち始めた。
 ですからある面、異業種から入ったような見方をせざるを得ない部分があった。「今ある現状がおかしいから、こういうことが起こったのだ」という現実を、常に考えながらやってきたと思います。


  福島 大学卒業後、外資系金融機関に勤務され、その後、アメリカに留学してMBA(経営学修士)を取得されていますね。これは家業を継ぐための準備だったのですか。
 高見 30歳をめどに父の会社の承継を想定していましたので、そこから逆算をして、自分の経験を積んできたのは確かです。


 福島 葬祭業は特殊なビジネスだと思うのですが、家業を継ぐことに迷いはありませんでしたか。
 高見 特殊だとは、あまり感じなかったですね。父に対する尊敬など、いろいろな思いがありましたので、「手伝いたい」という単純な思いが強かったのかなと思います。


 福島 実際に会社に入られて、お父様とは、ずいぶん激しい意見の対立があったようですね。
 高見 あまり目を見て話せなくなっています。今でもそうですね。


 福島 最近はお父様も高見さんが実績を残してこられて、かなり認めていらっしゃるのではないですか。
 高見 分からないですが、素直にほめてもらうことは、当然ないです。そうしてほしいとも思っていません。会社で思い切り戦いましたので、そういう関係では、もうないですね。


 福島 低価格で親族中心のサービスを展開したいとおっしゃった時にも、相当反対が強く、お父様は「葬儀は文化だ。低価格路線なんてとんでもない」というお考えだったそうですね。
 高見  そうです。大きな社葬を受けるような会社でしたから「低価格=抵抗感」がありました。では、何が文化なのかという話になると、父は儒教の精神が非常に強く 「家族を大切にする」や「家族をつなぐ場所である」というところに帰結します。私としても、それを違う手法で演出する場所だと思っているのですが、父は表 現方法が違うと「もうだめ」というようなスタンスでした。
 ただ結果として、(父が)受け入れざるを得ない環境を作らないと、会社を変えていくことはできなかった。そういうところで、もう素直に話せなくなった部分もあります。


 福島 そうですか。そういうお父様の強硬な反対や、同業者からの風当たりなど厳しい状況の中でも、高見さんはやり通してこられた。意思がお強いのですね。なぜ、そこまで押し通せてこられたのでしょう。
 高見 私は今でも父を尊敬しており、そのやり方を全面肯定した時期もあります。しかし、それがもろくも崩れ去った時に起こった出来事が、いろいろな意味で私の中にトラウマのように残っているんです。
 「生活者を軽視した時には必ずツケがくる」という原理原則の中で、常にぶれない軸を自分の中で持っていたかった。それを目指すことが、いつの時代でも苦労が少ないのではないかと思っています。

 


MBAで学んだこと

 福島 アメリカでMBAまで取られて、意気揚々と家業を継がれたと思います。しかし、初めの頃はいろいろな挫折もあり「大学で学んだ理論だけでは事は動かない」という現実も経験されたそうですね。
 高見 理屈では、ビジネスは効率的で正しい方向に向かえば、必ず何とかなるはずです。
ところが、世の中はそんなに甘くない。それは、たとえ正しいことをしても、生活者に伝わるまでに時間がかかったり、こちらの思っているような形で、正確 には伝わらないからです。正しいことをしても、本当に結果が出るまでは、社員にも受け入れられない。そういうズレがあるということに、大失敗をするまで気 が付きませんでした。

 大資本の競合が参入してきた時のことですが、差別化戦略で対抗しました。「お式をもっと演出しましょう」とか「ご遺族の気持ちになって、ナレーションや祭壇をもっと個性化しましょう」などとやったわけです。ところが差別化内容が伝わらないんですね。


 福島 比較しにくいからですか。
 高見 一般の生活者の方は、そんなことを考えたこともないだろうし、実際に頼まなければいけない時には、そういう心情にはなれない。にもかかわらず、そういう心情を一切抜きにして、いろんなものを一気に組み立ててしまったということです。
 しかも、この手法は人件費がグーッと上がっていくんです。だから私は、自分の手でリストラしなければいけないと覚悟しました。人の気持ちや、本当にいい 商品を伝えるコミュニケーション能力が、組織の中でもマーケティングにおいても、いろんな意味で大切だということは、MBAでは習いませんでした。


 福島 特にこのお仕事は、そういう心情的な要素というのはものすごく大きいわけですよね。
 高見 ですから、常に現場近くにいなければならないと思っています。現場の視点を忘れず、常に時代の半歩先を行くぐらいで情報発信しなければならない。私は三歩ぐらい先へ行き過ぎたのかもしれない。

 

 

葬儀場の重要性

 福島 お葬式単価の全国平均は200万円ぐらいですが、ファミーユは平均でどれぐらい安いのですか。
 高見 平均で半分ぐらいですね。他の業者は365日24時間体制を維持するのために人件費などが分厚い。そこを、私どもは統計学を用いながら調整しており、質を落とさずにいろいろなサービスを提供しています。
 人件費圧縮といいましても、スタッフを減らすという意味ではありません。スタッフの待機時間を減らしたり、正社員ではなくても対応できる仕組みを作るなどして、お客様の不満にならないように工夫しています。


 福島 質を落とさず、コストを下げる余地はいくらでもあったということですね。
 高見 そうです。東京ではこれから、家族葬の「ファミーユホール」を造っていきます。葬儀の場所は非常に大切です。葬儀場の良し悪しで、悲しむ時間や空間の有無、リラックスできたりできなかったりなどと、いろいろな差になります。
 東京の葬儀場はたいてい、四間ぐらいの部屋が並んでいます。どの部屋も似ており、他人が使う部屋に間違って入ってもおかしくない。しかも、通夜の夜は 「今日はお帰りください」と閉められてしまう。そして、翌日再び集まって火葬場にいくというパターンが現状です。本当にそれでいいのかなと思っています。


 福島 地方ではユニークな葬儀場を運営しているそうですね。
 高見 はい。貸し切りにし、ご遺族が一日一家族でお別れできるというコンセプトです。葬儀社さんの多くは通常、多層階のビルを使い、その中で一日に何件ものお葬式をする。社員の効率性がいいからです。
 ところがそうすると、複数のご遺族が入り乱れて、接待がちゃんとできているのかという不安や、疲れているのに自分の部屋から外に出る時にはお化粧しなきゃいけないなど、つまらない気遣いが発生します。貸し切りにすることで、他社とは違う満足感を提供しています。

 



葬儀は生を再確認する場

 福島 今後の展開はどうですか。
 高見 まずは4-5年以内に、現状で38のファミーユホールを全国で300カ所まで増やします。ここから全国に情報発信し、「こういうお葬儀ができる」というメッセージを広く伝えたいと思っています。
 私は葬祭業を通して、世の中がちょっとおかしくなってきていると感じます。親に対する感謝の気持ちが薄れてきていますし、その死を通した生きることの喜びの再発見や、家族を大切にする気持ちの再確認などが、非常に軽視されてきているように思えるのです。

 それどころか現状は「火葬のみ」という流れが加速しています。特に東京では「あんなにお金を取られるぐらいならば、俺は燃やすだけでいい」という方が増えているんですよ。「燃やすだけでいい」という表現は、とても寂しいと思いませんか。
 その流れをストップしたい。葬儀を通じて、「もっと生きなければ」という遺族のエネルギーを生み出す場を、提供していきたいですね。


 福島 人生の終着点ですからね。本人だけではなく、遺族も本当にいいお別れができたと納得することには、大きな意味があるのだと思います。でも、残念ながら納得できる時間を過ごせた方というのは、少ないのかもしれませんね。
 高見 葬儀への参列を二回、三回と経験するに従って「あの時はこうすればよかった」という後悔がいろんな形で生まれることが多いと思うのです。それを、なくしていきたいですね。


 福島 「燃やすだけでは寂しすぎる」というお考えも高見社長からの問題提起であり、生き方への強いメッセージだと思います。改めて、最後はどうあるべきかを考え直す方が増えてくるのではないでしょうか。
 高見 家族ですから、一緒に最後ぐらい見送ってあげたいと思うはずなんです。ただ、その場所がこの東京にはない。


 福島 「燃やすだけでいい」といっても確個たる理念があるわけではなく、家族にあまり負担をかけたくないという思いが、ほとんどではないでしょうか。
 高見 まさしくそうです。葬儀をすることでストレスや不満が残るのならば「自分の死をその原因にしたくない」という気持ちが非常に強いのだろうと思います。
 そういう時に、価格はやはり大事になってしまうのですね。価格だけでないことは理解しているのですが、まずはそこを解決してあげないと、次の要望や希望には応えられない。ですから今は、価格中心のスタンスでやっています。(敬称略)

○高見信光(たかみ・のぶみつ)氏
1967年生まれ。91年に上智大学経済学部を卒業し、ケミカル信託銀行(現モルガン信託銀行)に入社。96年に渡米しメリーランド州立大学でMBA(経営学修士号)を取得。98年に実父の経営する葬儀社に入社。2000年7月、エポック・ジャパンを設立し社長就任。
インタビュー後記
 2代目社長がこれまでのやり方を改革するということは、とても大変なことです。まして高見社長のように、そこに親子の関係があれば、普通の倍のエネルギーが必要だと思います。確固たる理念がなければ、まず不可能でしょう。高見社長は強い意志で改革を成し遂げられましたが、その根底には「生活者を軽視したら必ずツケが回ってくる」という原理原則や「本当に顧客に喜ばれる葬儀を提供したい」という使命感が強く感じられました。
 葬儀業界は消費者への情報も少なく、閉鎖的なイメージがありました。しかしエ ポック・ジャパンのような新たなビジネス・モデルの出現が、業界に地殻変動を即す起爆剤になると思います。同時に私達消費者にとっても、「自分の最後はどうありたいか」や「遺族として、どう見送ればいいか」といった、生と死を見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。(談)