福島敦子のアントレプレナー対談 No.7
(写真◎乾芳江)フードエックス・グローブ◎松田公太社長
類まれな「夢の持続力」
「世界の食文化の架け橋」を目指して設立された新しい理念の外食企業。子会社にコーヒーチェーン「タリーズ」、緑茶チェーン「クーツグリーンティー」等を持つ。今年1月に大証ヘラクレスの上場を廃止したことで話題となった。タリーズUSAとの統合を視野に入れている。
●沿革
1998年5月 「タリーズコーヒージャパン(株)」を設立
2001年7月 ナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)へ上場
2002年8月 社名を「フードエックス・グローブ(株)」に変更し持株会社制へ移行。
子会社として新「タリーズコーヒージャパン(株)」を設立
2002年11月 子会社「クーツグリーンティー(株)」を設立。緑茶チェーンに進出
2003年11月 経営陣を中心とした株式買い付けによるTOBを実施。
2004年1月 ヘラクレス上場廃止
生魚はゲテモノ!?
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福島 シアトル・マリナーズとパートナーシップを組んでいましたよね。私も(義弟にあたるイチロー選手応援のために)セーフコ・フィールド球場に何回かいき、タリーズコーヒーをいただきました。
松田 そうですか。ありがとうございます。残念なことに、今は提携を解消してしまったんですが。
福島 松田さんが一号店をオープンした時はまだ20代。その若さでなぜ起業を決断したのですか。
松田 幼少時代の経験が影響しています。実は中学校の頃から起業したいと思っていたんです。きっかけは父の仕事でした。魚介類を扱っており、その関係で家族全員でアフリカやアメリカに移住していました。仕事上、いろいろな魚を母が刺身や和風に調理してくれましてね。
ある日友人が遊びにきたのですが、食卓に出ていた刺身を見て「気持ち悪い」といったのです。「生魚を食べる日本人とは変わった人種だ」といわれショックでした。
アフリカでもビーチへ出かけた際、ウニを採って食べたのですが、それを見た現地の人たちに「そんなものを食べるのはゲテモノだ」といわれました。現地の人から「気持ち悪い」といわれ、非常にショックでした。
そんな事件が幾重にも重なり、将来は日本の食文化を広められるようなビジネスで起業したいと強く思うようになったのです。当初は寿司を考えました。当時 のアメリカには寿司がなかったので、これを広げれば、そのヘルシーさやおいしさがアメリカ人にも理解され、日本人を馬鹿にしなくなると思ったからです。
その後、アメリカでスシブームが起こり、わざわざ私がやらなくてもという気持ちから、別の道を模索したんです。
福島 事業をやりたいという気持ちは持続していたわけですね。
松田 そこは変わらなかったですね。食を通じて文化の発信や架け橋になりたいという思いがありました。大学を卒業して銀行員になったのですが、この時に出会ったのがスペシャルティコーヒーだったんです。
福島 タリーズコーヒーに惹かれたのは?
松田 味ですね。スペシャルティコーヒーに最初に出会ったのはボストン、95年頃です。実はその前から友人にスターバックスのことを聞かされていました。しかし、日本にはすでにドトールなどがあり、わざわざ今から始めても面白くないと思っていたのです。
ところがボストンでスペシャルティコーヒーに出会い、失礼ながら既存チェーン店とはまったく違うということを強く感じました。それまでコーヒーを飲んで おいしいと思ったことがなかったのですが、初めて「おいしい」と思ったんですね。こういう感覚をぜひ、日本人にも理解してもらいたいと。
エスプレッソはイタリア生まれですが、アメリカという国はこれを自分たちのスタイルに仕立て直し、スペシャルティコーヒーという新しい文化にしてしまっ た。これがとても面白いと感じたんです。イタリア生まれ、アメリカ育ちのコーヒーをスペシャルティコーヒーと呼んでいますが、これを日本に広げるのはやり がいのある仕事だと思いました。
USAの会長に直訴
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福島 それで突然、アポも取らずにタリーズUSAの会長のところに乗り込み、日本での展開を直訴されたんですね。もともと大胆な行動を取られるお人柄といいますか(笑)。
松田 私の人柄は、どうなんでしょうか。ただ、後で「やればよかった」と思うのだったら「とにかくやればいい」。いつもそう思っています。断られても命を奪われるわけではないですしね。プライドが高い人には難しいことかもしれませんが、私はそういうことを気にしません。
福島 どう説得されたのですか。
松田 時間がかかりましたよ。最初は食事から始め、その後はメールでのやり取り。もともと彼らは日本ではGMS(ゼネラル・マーチャンダイズ・ストア)と組むつもりだったのですが、これに大反対しました。スーパーに隣接して出店したら、せっかくのクオリティが台無しだと。
タリーズの付加価値をうまく伝えるには、一号店は青山や銀座でないといけない。ブランドを確立するためには、日本ではそこが重要だと語り続けたんです。
タリーズUSAのトム・オキーフ会長はブランドに対する意識が非常に高く、そこで意気投合。「こいつに任せても大丈夫」と思っていただけたのでしょう。 しかも一号店は自分で資金を集めるから、ブランドだけ貸してくれと。うまくいったら、会社を一緒に作ろうと話したんです。
福島 資金調達は大変だったんじゃないですか?
松田 そうですね。家族や親戚にも甘えましたね。銀行から3500万円借り、トータルで7000万円ほど集めました。
福島 日本では起業を考えても、若さ故の苦労が多いと思います。若く事業経験もないということになりますと、金融機関は融資してくれませんよね。お勤めされていたから、よくご存じだと思いますけど(笑)。
松田 それが、よかった。勤めていたので、交渉のポイントを知っていたんです。これはどんなことでも同じですが、こちらが伝える情熱を、うまく消化できる人を見つけてから、交渉することが重要なんです。
例えば同じ銀行の行員でも、支店長を説得できる人ならば五千万、一億円と融資できる。ところが支店長と馬が合わない人だと、同じ案件なのに一千万円も貸してもらえない。銀行って実はすごくパーソナルな部分があるんですよ。
ですから私はまず、窓口から観察していて、仕事のできそうな人を探しました。よさそうな人がいたので「あの人を呼んでいただけますか」とお願いしたんで す。話してみたら案の定、しっかりしている。頼み込んで銀座店の候補地を見せたんです。「こんなに人通りがあるのだから失敗するわけがないでしょう」と。 それで納得いただきました。
スタバとタリーズ
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福島 スペシャルティコーヒーは、まだまだ伸びる成長市場だと思います。しかしライバル会社も多いですし、新規参入もあります。どう差別化を図り、どんな成長路線を描いておられるのでしょうか。
松田 当社と他のコーヒーチェーンとは、形は似ていますが根底の理念がまったく違います。
そもそも論の話をすると、スペシャルティコーヒーとは、ノードストローム(高品質なサービスで有名な米百貨店チェーン)が作ったコンセプトなのです。彼 らがデパートの一階に、くつろげるカフェを作り、そこで初めてエスプレッソをベースとしたスペシャルティコーヒーを提供しました。
ア メリカにはそれまでコーヒー・チェーンがなく、コーヒーとは90セント以内の、飲み放題のものだった。しかしノードストロームはエスプレッソに1ドル50ぐらいの値段を付けたんです。これに目を付けたのがハワード・シュルツ氏。それがスターバックスになったわけです。
タリーズはというと、ノードストロームにいた人間が「外に出ないと、この素晴らしいコンセプトが広がらない」ということで始めたんです。
ただ非常に辛いのは、スターバックスは私が日本でタリーズを始めた97年当時、すでに全米で1500店舗以上ありました。タリーズは50店舗ほど。後発 と見られていました。タリーズは味を大切に、というコンセプトで始まったものですから、ゆっくりした展開で、現在でもアメリカには約100店舗しかない。
ところが、例えば店内装飾でソファや暖炉を最初に取り入れたのはタリーズなんです。しかしスターバックスもソファ型の店を出店し、今では彼らがこれを作ったというイメージになってしまった。物真似はタリーズだと思っている方が多いんですよ、アメリカでは。
私はそれが嫌で、日本では明確に分けたいと思い、例えばアイスクリームを一号店から導入したり、サンドイッチを最初から導入したりと、新しいことに取り組みました。
しかし、そうはいいましても現状では、スターバックスの方がブランドイメージが上だということは、よく理解しています。これをいつか追い抜かないといけない。その日までは、しっかりと経営理念をアピールし続けたいと思っています。
福島 地道に魅力的な新商品を開発したり、企業理念のアピールを積み重ねるしかないと。
松田 本当に地道な、堅実な考え方で積み重ねていかないと難しい。ただ、企業理念の違いをもっとうまくアピールしなければいけないとは思いますね。多分、今やっと一合目まできたのかなという感じです。もっと上までいかないと、麓にいる人には見えませんよね。
日本文化を世界に発信
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福島 02年にスタートしたスペシャルグリーンティーショップ「クーツグリーンティー」。これも面白いビジネスですね。
松田 私がやりたいことを形にしたんです。寿司屋の話をしましたが、その根底には日本のよさを認めてもらいたいという思いがあり、その最初のチャレンジです。もともと緑茶は中国のものですが、日本では違う形で広がった。これを世界に広げることが面白いと思ったのです。
福島 緑茶は日本人には身近な存在ですが、ライフスタイルが変わり、今の若い人たちにはペットボトルが当たり前。家でじっくりお湯を沸かして急須に注ぎ、お茶を淹れるということを本当にしなくなったなあと思います。それを、ああいう形でお店にされるというのが本当に新しい。
伝統的な日本の食文化に新しい感性を加えることで、ちょっとおしゃれな感じで楽しめますものね。当たり前の和ではなく、そこに今の時代らしい感覚を加えることで、新しい食のマーケットになる。魅力的なビジネスチャンスのある分野ですね。
松田 おっしゃる通りです。キーワードは「伝統的かつ新しい」ということ。緑茶は伝統的なものですが、そこに黒蜜を加えるなど新しい飲み方を提案していきます。
ただし、ブームを作ろうとは思っていません。クロミツラテにしてもブームではなく、飲んでいただくことで、抹茶のよさを再認識いただきたい。若い方たち にとっては、クロミツラテが抹茶の入り口。飲んでいるうちに「抹茶っておいしいんじゃないの?」と再認識いただき「じゃあ抹茶ってどう淹れるの」と回帰し ていただく。
すると「抹茶はこうやって淹れるんだよ」と話が広がり、抹茶を、当社なり、どこかのお店なりで購入して、ご家庭で楽しんでいただく。そうなれば日本文化が、しっかり守られていくと思っています。
福島 クーツとは松田さんの子供の頃の愛称だそうですね。それをお店の名前にされたのは、やはり、その頃の思いがあるからですか。
松田 そうです。海外時代に友達に緑茶を出したのですが、みんな喜んでくれました。でも砂糖を入れるんですよ。最初は「何それ?」とも思ったのですが、それもま た新しい飲み方かなと。そこから発想が広がったんです。別に砂糖を入れようが黒蜜を入れようが、そういう形で入ればいいんじゃないかと。
福島 今後も素材にこだわった本物志向でいかれると思いますが、次はどんな形での多角化を考えていらっしゃいますか。
松田 コンセプトはおっしゃるように、素材にこだわることです。そして先ほど福島さんがいわれたように私も、和をちょっと洋っぽくしたものが広がっていくと思います。ただし、最終的には原点に回帰するとも思うんですよ。
コーヒーも今はモカやラテが飲まれていますが、これを飲み続けた人がどこへ行き着くかというと、やはりエスプレッソだったり普通のドリップコーヒーだっ たりするんです。エスプレッソもドリップも原材料は豆と水だけ。素材の違いが徹底的に出る。ですから素材のよさを、とにかく大切にしたい。
上場廃止と経営統合
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福島 大証ヘラクレスをわずか二年ほどで上場廃止され話題になりましたが、今後、タリーズUSAとの経営統合を視野に入れているということでしょうか。
松田 周囲からは「せっかく上場したのに、なぜやめるのか」とさんざんいわれました。しかし私には食文化の架け橋という目的のためには、上場だけが必ずしも重要ではないと感じられた。だから決断したんです。
社員にも食文化の架け橋を目指すには上場廃止は必要なことだと話したところ、ちゃんと理解してくれました。現場が理解してくれたからこそ、売り上げも順調に伸びているんです。
福島 タリーズUSAは今、債務超過の状況と聞きます。これを救済したいという思いですか?
松田 そうです。アメリカは今、苦しんでいる。ただしブランドイメージが崩れたわけではなく、そこは高く保ち続けている。どんなに赤字でも、いいコーヒー豆を使 い続けるからです。赤字になると「豆を安いものにしよう」となりがちですよね。それがまったくない。そこが、私が意気に感じている部分です。
そこさえ失わなければ再生できる。根底の一番大切な部分さえ失っていなければ、数字は後からついてきます。福島さんは会社で一番重要なことって、何だと思われます?
福島 ヒト?
松田 おっしゃる通りです。じゃあ人って何かというと、結局は企業文化に行き着くのだと思います。こういう文化が好きだからこそ、人はその会社で頑張ろうという 気持ちになるのではないでしょうか。ですから企業文化を創り上げることが、経営者の最も重要なミッションじゃないかと思っています。
アメリカは表面上は赤字で大変な状態ですけど、企業文化はしっかりしています。後はマネジメントの問題。私にやらせていただければ絶対に黒字転換できる。多分、2年ぐらいで可能だと自信を持っています。
福島 企業文化を社員が共有するために、経営者は何をするべきだと思われますか。
松田 経営理念を絶えず話し続けることです。ビジョンを明確に伝え、「それに向かって今はこういう状態だから、こういうことをしなくてはいけない」と訴え続け る。それが最も重要だと思います。人間は弱いものですから足元がぐらつくと、「このビジョンに向かっているんだ」と話しても飛び降りたくなっちゃうんです よ。そうさせないことが私の最も大切な仕事だと思いますね。
福島 コミュニケーションを徹底するために、心がけていることってありますか。
松田一番ありがたいのはメールという手段が出てきたことです。面と向かって話し続けられればいいのですが、私が全店を回って一人ひとりと話すことは難しい。そんな時にメールは素晴らしいなと思います。
福島 食のビジネスは消費者の嗜好の変化が激しく、大変難しいと思います。この業界で成功するために必要な鍵とはどういうことだと思われますか。
松田 難しいですね。答えがあったら教えてほしい(笑)。
福島 先ほどの「あくまで本物にこだわる」ということが、一つの答えなのかなという思いで、うかがっていたんですけれども。
松田 気持ちとしてはそうですよ。しかし日本という国は、一つのものに一気に集中する傾向が強いじゃないですか。デザートにしてもナタデココとかティラミスとか。覚えていると思いますけど。
福島 ええ。今では懐かしい、遠い昔のことのような(笑)。
松田 そういうブームがあると、皆が先を争うように食べ始める。でも、長続きはしない。タリーズが前年比で100%を切らずに、この7年間やり続けてこられたの は、ブームを作らなかったからだと思うんです。クーツグリーンティーもブームを作りたいとはまったく思わない。「クーツって面白い」と大行列ができること だけを望んでいるわけではありません。
福島 USAと経営統合したら、松田さんの夢である世界を舞台にした「食の架け橋」への道筋が、大きく開けてきますね。
松田 はい。これを道筋にして、後からクーツグリーンティーや、場合によっては寿司屋チェーンも。様々な方向性も考えていきたいですね。(敬称略)
1968年生まれ。筑波大学国際関係学類卒。70年代の幼少期を海外(セネガル、米マサチューセッツ州)で過ごす。大学卒業後の90年に都市銀行へ入行し 96年に退行。97年にタリーズコーヒ-1号店を個人創業し、98年にタリーズコーヒージャパンを設立。代表取締役に就任し現在に至る。
夢の持続力――。松田社長のお話で感銘を受けたのはこのことです。幼少期に夢を持っても、たいていは夢のままで終わります。しかし、松田社長は並はずれた夢の持続力をお持ちだったからこそ、その実現の第一歩であるタリーズUSAの会長への飛び込み訪問なども、まったく躊躇しなかったのだと思います。
もっとも「世界を舞台にした食の架け橋」という壮大な夢はまだ始まったばかり。タリーズUSAとの経営統合が大きな転機になりそうです。スポーツ界ではイチロー選手をはじめ、日本の若者が続々と世界に飛躍しています。ビジネス界にも世界で活躍する若い経営者が、もっと出てきてほしいですね。
松田社長にはぜひとも、タリーズUSAを立て直していただきたい。そしてカルロス・ゴーンさんが日本で賞賛されたように、海外で「日本人経営者はさすがだ」との賞賛を受ける。そんな時代を築く若き経営者のパイオニアという視点からも、松田社長の今後の手腕に期待したいと思います。(談)





