福島敦子のアントレプレナー対談 No.26
(写真◎乾 芳江)公認会計士◎天野敦之 氏
企業の真の目的は人を「幸せ」にすること。
天野敦之氏は昨年9月、著書「君を幸せにする会社」(日本実業出版社)を上梓。企業経営の根底には「人への愛情」が不可欠であることを説き、大きく注目されている。そして、同じ時期に「愛が企業を繁栄させる」(リックテレコム)を発表した福島敦子氏とは意気投合。世界同時不況が一層の深刻さを増す中にあって、これからの経営のあり方をテーマとした対談を行なうことになった。
好転するきっかけとは

福島 天野さんの著書「君を幸せにする会社」を拝読しました。本当にあっという間に読んでしまい、とても感銘を受けました。そして「愛が経営の原点」という自分の思いを再確認することもできました。
天野 ありがとうございます。僕も新聞広告で福島さんの著書「愛が企業を繁栄させる」を拝見し、「おお、愛と経営だ」と思ってすぐに読ませていただきました。僕自身、ああいう表現は勇気のいることで、理解されなかったりする中、同じ考えで本を出されている。しかも福島さんのような著名な方が、ということですごく感動しました。
福島 ただ、私の場合、最初はそんなつもりはなかったんです。この雑誌の対談で心に残る方8人をピックアップしただけ。共通のテーマなんて、最初は定まっていなかったんですよ。ところが、1人2人と書き進めていくうちに、だんだんと共通テーマが見えてきまして。事態が好転するきっかけが、皆さん共通して人への愛情だったんです。人のために役に立つという気持ちに切り替えてから、いろんなことがうまく回り始めた。愛が経営の原点じゃないかということに気付いたんです。
天野 「君を幸せにする会社」は、僕自身の気付きと、実際にご縁のあった経営者の方の経験とか、そういったものをベースに書いた本なんです。僕自身、最初は知識やロジックで物事を進めたこともありました。でも、結局はうまくいかない。そもそも人が本気で動いてくれないんですね。本気で動いてもらうためには、自分の思いに共感してもらったり、本当に同じ方向を向いてもらわなければいけない。
福島 ご自身で、そういう経験をされたわけですね。
天野 僕はヨガをやっていまして、それが本当に幸せな気分にしてくれるんです。ヨガは何もなくても幸せな気分になれる。自分の内側にすべてがある、ということに気付かせてくれる。
そうやって幸せな気分になって、気持ちよくレッスン料を払い、ヨガの先生もちゃんと収益があがる。相手が幸せになってくれて、その対価としてお金をいただくのがビジネスの原点じゃないかということに、その時に気付きました。
そこで、本当にお客様に喜んでもらうためにはどうしたらいいかを考えて実行したら、いろんなことがうまくいき始めたんです。やっぱりビジネスって人への思いが大事だということを実感したんですよ。
福島 ただ、どうなんでしょう。天野さんがコンサルティングをされる中では「そんな甘い感情ではなく、実践的にどう儲けるのかを教えてほしい」というお客様が......。
天野 すごく多いですね。以前、証券会社にいた時には、愛とか感謝とかいったら、馬鹿にされるか、無視されるか、潰されるかでした。お客様のために何か提案しようとすると「金融の仕事じゃない」っていわれる。「契約に入っていない」とか「余計なことをするな」とか。
正直、今の世の中で愛とか感謝を前面に出すことは非常に難しい。ただ一方で、綺麗ごとだといって無視してきた結果が、今起きてる金融危機だったりすると思うんですね。むしろ、綺麗ごとをそのまま追及した方が、結局はうまくいくんですよ。長期的に人の幸せ、社員の幸せ、自分自身の幸せを追求してきた会社が、結局は強いし、うまくいっている。世間の風は冷たいですけど、僕としてはそう信じてやっています。
奪って利益を得る仕組み
福島 天野さんは大学在学中に公認会計士試験に合格されています。でも、卒業後はコンサルティング会社に入られていますよね。
天野 それほど会計士になりたかったわけではなく、ビジネスに興味があったんです。やっぱり世の中を変えるのはビジネスじゃないかと思って商学部に入りました。
けれども大学で非常に優秀な友人に出会いましてね。「彼らには普通にやってもかなわない」という思いがあって。それでビジネスの専門知識を身につけようと思い、会計士の勉強を始めたんです。卒業してからは経営のことをやりたかったのでコンサルティングファームに入りました。その後、もう少しマーケットのダイナミズムを感じる仕事がしたいと思い証券会社に転職しました。
福島 証券会社では、どんな思いでお仕事をされていたんですか。
天野 ゲームとして割り切れば、非常にエキサイティングで面白いんですよ。皆さん非常に優秀だし。ただ「何のためにこの仕事をしているのか」や「この仕事が世の中のためになっているのか」ということに疑問があって。周囲を見渡しても、自分も含めてどんどん疲弊していくんです。毎日、夜中の2時3時まで働いて、笑顔も全然ないし。鬱になって自殺した方もいて。こんなに一生懸命頑張っているのに、どんどん幸せから遠ざかるのは何なんだろう、という思いがずっとありましたね。
福島 そういう思いを最初に実感されたのは、証券会社にいらした頃なんですね。
天野 金融の仕事は、人を幸せにするという価値を生み出すのではなく、誰かから奪うことで利益を得ているということに気付きました。サブプライムが、まさにそうだと思うんです。あれって基本的にはほとんど価値のない商品を、あたかも価値があるかのように高い値段で売っていたんです。10円の価値しかないものを100円で売って90円の利益を得ていた。でも買った側は90円の損になる。相手が損をすることで自分が利益を得る仕組みだったんです。ビジネスとは本来そうではなく、価値を生み出した対価として利益を得るものだという思いがずっとありました。
福島 天野さんから見れば、サブプライムに端を発した金融危機は、起こるべくして起こったと。
天野 これはまさに、奪って利益を得る仕組みが、限界に達したということだと思っています。それは金融の世界だけに限ったことではなく、世の中全般がある意味、奪うことで利益を得てきたという気がしていて。例えば環境破壊にしても、要は地球環境を奪って、今の自分たちの利益を追求するということだと思いますし。そうやって奪って利益を得たつもりが、グローバル化して、結局はその損失が自分に回ってきたということだと思います。
究極の価値「人の幸せ」
福島 最近のニュースでは契約を切られた派遣社員の話や、大企業のリストラなどが盛んに報じられています。人を幸せにするどころか、現場で働いている社員たちが一番辛い思いをしている。こういう現実を、どう見ていらっしゃいますか。
天野 雇用を打ち切られた方は、本当に大変だと思います。今までの経済は、人の幸せという価値を十分に生み出さずに、世界中から奪うことによって得た利益を基にアメリカ人が大量消費し、その大量消費を前提として、中国をはじめ各国の成長が成り立っていたわけじゃないですか。この仕組みが根底から崩れてきたことだと思うんです。今まで前提だった大量消費が、ある意味で虚構だったわけですから。おそらく経済は、これからも悪化すると思うんですよ、悲しいですけれど。
では、どうすればいいかといったら、やはり何か価値を生み出さきゃいけない。その価値も、単に便利なものを作った程度じゃ価値にならない。では何かといったら「人の幸せ」しかないわけです。本当に人が幸せを感じなければ、対価を払わない時代になってきているので、本当に人の幸せを生み出さないとビジネスとしても成り立たない。この現実は非常に厳しいと思います。けれども、チャンスだとも思うんです。今までずっと変わることのなかった、奪ってでも利益を得るというパラダイムが崩れてきたのですから。
福島 雇用問題でいいますと、派遣切りは深刻だと思いますが、マスコミなど報道では企業が悪いという論調が多いようにも感じます。これについては、どうお考えですか。
天野 確かに今の議論はあまりにも切られた人がかわいそう寄りになっていて、感情的な議論になっているように思います。
もちろん一方的に切るのは避けるべきですが、派遣で働く人たちの中には、自ら選んだ方もたくさんいますよね。正社員だといつ転勤になるかわからないなどの理由で。それで急に切られたからといって、文句ばかりいうのもどうなのかなと。その人が本当に価値を生み出していたら切られないと思うんです。働く側も、人を幸せにする価値を生み出す力を磨かなければいけないと思いますよ。
福島 経営者だけではなく、働く人全員が、どんな幸せを提供できるのかを考えなければいけない。
天野 一方的に切られた人もいるので、一概にそうくくるのは問題だと思います。ですが、やっぱり本人が価値を生み出していないことも問題の1つじゃないかな。その一方で、国として最低限のセイフティーネットは用意するべきです。このままいくと社会不安が高まりますし、食べていけない人たちが出てきてしまう。最低限のセイフティーネットは必要です。
感謝と幸福の感度
福島 今、多くの経営者が悩んでいます。これだけ不景気になって、仕事がないのに余剰人員を抱えたのでは、体力は落ちるし、マーケットの評価も下がっていく。この苦しい状況をどう凌ぐかという時に、愛を貫くことは簡単ではない。その辺はどうアドバイスされますか。
天野 そこが本当に悩ましく、難しい問題だと思います。では、愛を犠牲にして目先のことだけやればいいかといったら、やっぱり解決しないと思うんですよ。もう小手先では通じない世の中になってきている。今まで価値を生み出さなかった会社は、価値を生み出せるようにならないと生き残れない。それを考えたら、やっぱり本当に愛情を持って価値を生み出すことが必要なんですね。それを忘れてはいけない。
その一方で、コストをなるべく削ることも大事ですし、本当に得意ではない領域からは撤退しなきゃいけないでしょう。そういったことも、もちろん必要です。でも、愛を持ってビジネスを行なう部分を犠牲にしたら、本質的な転換は図れないでしょう。そこはやっぱり絶対に必要な部分だと思いますね。
福島 具体的には、どうコンサルティングをされるんですか。
天野 人を幸せにする会社とは何かといったら、当たり前ですけど、人を幸せにする価値を生み出している会社なんです。なので必要なことは2つあって、1つは価値を明確にすること。実は、どういった価値を誰に対して生み出し、どういった対価をいただくかということが、明確になっていない会社が多いんですよ。ですから、まずは徹底的にそこを突き詰めます。
突き詰める中では、経営者や社員それぞれの人生観だったり、あるいはその人たちの天命みたいなもの、何のために生まれてきたのか、とか、自分たちは何者なのかという哲学的なところまで入らないと、本当の意味での価値が出てこないんです。だから徹底的にディスカッションして、それを明確にします。
もう1つは、やっぱり人を幸せにするためには、自分自身がまず幸せでないといけないと思うんですね。だから、「自分自身の感謝と幸福の感度を高めることが大事です」と、僕は申し上げているんです。
福島 感謝と幸福の感度を高める。
天野 要は、自分の身の回りの「すでにある幸せ」というものに気付いて、そこに感謝し、幸せを感じること。そういう感度を高めることが、実はすごく大事なんです。価値を生み出すのは社員一人ひとりです。自己犠牲ではなく、本当に自分自身を満たすことで価値を生み出し、人を幸せにするという状況になることが、すごく重要です。そういう価値観を持てるよう、気付きをお手伝いしています。
「綺麗ごと」を徹底追求
福島 なかなか難しいことですよね。感度を高めるということは。
天野 難しいですね。そこで僕が取り入れているのは、ヨガや瞑想なんです。コンサルティングしているお客様にヨガや瞑想の時間を持っていただき、内観といいますか、幸せというものは外に求めるのではなく、すべて自分の中にあるというようなことに気付いていただく。そういうこともやっていますね。
福島 戸惑う経営者の方もいらっしゃるでしょうね。
天野 僕の本を読んでくださった方は、そこに共鳴していただいているのですんなり入っていただけますが、「こういう状況下で人を愛するとか、綺麗ごとをいっている場合じゃない」とおっしゃる方も多いですよ。でも、そういう方に限って、本当に人を幸せにすることをやっていないんですね。極限までやったのですかといえば、絶対にやっていない。
確かに綺麗ごとなんですけれど、それを追求したらいいじゃないかと思うんですよ。もちろん、コスト削減や無駄を省くということも大事です。でも、そこで愛を無視するのはむしろ逆であって、ちゃんと綺麗ごとは綺麗ごととして追及した方がいいと思うんですよ。
福島 綺麗ごとの追求という点でいえば、苦境にある経営者はどうすればいいのですか。もっとギリギリのところまで、歯をくいしばって社員を守るとか。
天野 確かに状況によっては、倒産するよりも何人かに辞めてもらった方がいいというケースもあるでしょう。その時でも、いかに愛情を持って、それをやるかっていうことだと思うんです。「本当に厳しい。どうしても何人かに辞めてもらわなければならない」ということを、納得できるまで説明する。そして、辞める人のその後のこともちゃんと考えてあげたり。そこは同じなんですね。やっぱり、いかに愛情を持ってやるかということだと思います。
福島 天野さんが共感している企業はどこですか。
天野 直接関わっているわけではないのですが、例えばディズニーランドをやっているオリエンタルランドさんは非常にいい例じゃないですか。社員の皆さんが本当に楽しそうに夢の国を作り上げて、お客様は幸せな気分になって結構高いお金を払うわけです。でも、誰もそれを不満に思わない。すごく幸せだから、喜んでお金を払う。それができているのは、働いている人たち自身が幸せで、自分たちからあふれ出るもので、その幸せを提供しているからでしょう。だからお客様も幸せで、お金を喜んで払うという状況ができているのだと思います。
福島 最後にこれからの夢、あるいはご自身が世の中に提供していきたい価値をお聞かせください。
天野 僕の夢は、人を幸せにする会社を少しでも増やしたいということです。社員やその会社が自分たちの良さをいかして人を幸せにする価値を生み出し、それによって自分たちが幸せになり、お客様も幸せになる。そういう会社が増えれば、いろんな問題が解決すると思っています。それが自分自身の目指すところですし、「人を幸せにする会社」というテーマでコンサルティングや提案や情報発信をすることが、自分の価値なのかなと思っています。(敬称略)
公認会計士。1975年生まれ。一橋大学商学部経営学科卒業。大学在学中に公認会計士第二次試験に合格。その後、同三次試験に合格し、公認会計士登録。大学卒業後、コンサルティング・ファーム勤務を経て、証券会社の投資銀行部門でM&Aや資金調達のアドバイザリー業務などに従事。その後、公認会計士天野敦之事務所を設立し、財務会計の視点から、人の幸せと企業の利益を両立させるためのアドバイスを提供。多くの企業の業績改善を実現している。主な著書に、日本で一番売れている会計入門書30万部ロングセラーの「会計のことが面白いほどわかる本」(中経出版)をはじめ「価値を創造する会計」(PHP研究所)、「君を幸せにする会社」(日本実業出版社)などがある。「人を幸せにする会社を創る」ことをミッションとした『真善美メールマガジン』を執筆。
予想していたことではありましたが、「愛が企業を繁栄させる」を出版してから、“いまどき愛などといわれても”と冷ややかな反応を示す人も少なからずいました。しかし、天野さんの“綺麗ごとは綺麗ごととして追及すべきだ”という言葉に自分自身の気持ちが確固たるものとなった思いがしました。振り返れば、日本の優れた先人の経営者たちは、「人の幸せを提供する」という商売の本質をしっかりつかんでいたと思います。
近江商人の「売りてよし、買いてよし、世間よし」の三方よしをはじめ、「先義後利」、「事業をするには、まず人に与えることが必要」など、まさに経営の原点は人への愛情であることを端的にいい表した数多くの名言が残されています。時代が流れても、ビジネスの本質は変わらないと思います。今回の金融危機はそのことを改めて深く心に刻む好機とすべきでしょう。
働く人の意識変革の話も出ましたが、企業のあり方だけでなく、個人としていかに生きるのかも、まったく同じことがいえるのだと思います。今年、「悼む人」で直木賞を受賞された作家の天童荒太さんの言葉が印象に残っています。「その人の人生の価値は、誰を愛し、どんな人から愛され、どれだけの人に感謝されたかで決まる」。自分もそうした価値観で人生を歩んでいきたい。そんな思いが募りました。








