福島敦子のアントレプレナー対談 No.21

(写真◎乾芳江)

ダイヤモンドダイニング◎松村厚久社長

外食チェーン展開を真っ向否定
常識覆す「個店主義」で急成長
(株)ダイヤモンドダイニング(東京都港区)
1業態1店舗を原則とする「個店主義」を掲げ、首都圏を中心に非日常的なコンセプトのレストランを展開。「幻想の国のアリス」「竹取百物語」「三年ぶた蔵」「ベルサイユの豚」などユニークな店名でも知られる。07年10月末現在で50店舗を出店し、2011年に100店舗100業態を目指す。前身は96 年3月設立の (有)A&Yビューティサプライ(日焼けサロン)。01年6月、銀座に「ヴァンパイアカフェ」をオープンし外食業界へ参入。02年12月に (株)ダイヤモンドダイニングへ商号変更し、07年3月に大証ヘラクレスへ上場した。
http://www.diamond-dining.com/
●売上高(単独)
08年2月期 59億9300万円(予想)
/ 07年2月期 35億400万円
06年2月期 17億5300万円

こんなにいい商売はない

 福島 松村社長は、学生の頃から外食産業で起業したいとの思いを、持っていらしたそうですね。
 松村 起業は大袈裟ですが、飲食で生きることを決めたのは、学生時代にサイゼリヤさんでバイトをしてからですね。
 福島 どこに魅力を感じたのですか。
 松村  サイゼリヤさんは、今や誰でも知っているファミリーレストランですが、当時はまだ10店舗ほど。僕が働いていた店はものすごい繁盛店で、夕方5時に店を開 けるとすぐに行列ができました。「おいしい」とか「安い」とか「またくる」とか、4年間いわれ続けたんです。こんなにいい商売はないと思い、この世界で生 きていこうと決心しました。
 福島 でも、卒業後はディスコ運営の会社に入られましたよね。
 松村  サイゼリヤさんは厳しくコストを管理して、安く提供することを基本コンセプトとしています。素晴らしいと思うのですが、だったら逆に、設備投資した業界を 経験したいと思ったのです。まだバブルがはじける前でしてね。ディスコやライブハウスなど、内装にかなりのお金をかけた店がはやっていました。だから当 時、ディスコを展開していた日拓エンタープライズさんに入社したんです。
福島敦子氏 福島 そこでは、どんなことを吸収されたのですか。
 松村  基本的には販促です。ディスコというのは、タダでもいいから満員にならないと成り立たない。雰囲気が出ないんですよ。どう集客するかを常に考えていました ね。イベントを打ったり、リリースを送ったり、マスコミに電話をかけたり。常に取り上げてもらう工夫をしていました。それが今、非常に役立っています。
 福島 すごいアイデアマンで、次々とヒット企画を手がけたそうですね。
 松村 それはちょっと自信ありますね。
 福島 アイデアは、どういうところから湧いてくるのですか。
 松村 今はですね、同業他社を見にいったり、映画を見たり。雑誌もよく読みますね。女性誌はほとんど読んでいます。そして、気になったことを書き留めたり、写真に撮ったりと、後で活かそうということをいつも考えています。

この業界なら勝てる!

松村厚久社長 福島 ディスコの会社に、ずっと勤めようとは思わなかったのですか。
 松村 27歳で結婚した時に「こんなことを続けていても駄目だな」と思い、28歳になってすぐに独立しました。
 福島 「駄目」というのは?
 松村 実家は商売をしており、家内の実家も商売人なので、やっぱりそれが自然な流れだったと。「独立して当たり前」みたいなところがあるんですよ。
 福島 そうですか。でも、最初は外食ではなく日焼けサロンですよね。
 松村 考え方が甘かったんです。サラリーマン時代は店長として結構いい成績を出したわけですよ、繁盛店を作って。その実績でお金を貸してくれると思い込んでいた。ところがまったく借りられない。
 担保とか連帯保証人とか、そういうことを知らなかった。無知なわけです。「これはまずい。方向転換だ」ということで飲食店を諦めました。まずは実績を作らなければいけないし、何か低資金でできないかと。で、実は当時、日焼けサロンに通っていたんです。
 福島 ご自身がいってらした。
 松村 いってたんですよ、お恥ずかしい話(苦笑)。当時の日焼けサロンは、従業員の態度がめちゃくちゃ悪い。渋谷のチーマーみたいな男の子が店番をしていて、何語で話しているのかも、よくわからない。挨拶もできない。これを見て「この業界なら勝てる」と思ったんです。
 福島 そんなお店ばかりだったのに、お客さんは結構多かったのですか。
 松村  ちゃんとした店がなかったからです。焼きたい人はいっぱいいるのに、店がない。「マシンを置くから、後は勝手に店番していろ」というオーナーばかりだった んでしょうね。これだったら勝てるということで、親戚からお金を借り、12坪の店を池袋に作りました。自分で店に立って、しっかりと挨拶をして、店を奇麗 にして。これはあった方がいいということは、全部やりました。すぐに大ヒットですよ。しかも、「ガングロ」ブームがきた。それにも乗って、相当儲かりまし た。
 福島 大繁盛して、お金も短期間で貯まったわけですね。
 松村 坪数は知れていますけれど、6年間で4店舗まで増やしました。お金も貯まり、信用も少しはついた。銀行が融資してくれることになったので、そろそろ飲食店をやろうかということで、2001年、銀座に1号店をオープンしたんです。
 福島 もし、最初に独立した段階で銀行融資を受けられていたら、すぐに飲食店を始めていましたか。
 松村 やっていましたね。逆にいえば、それがなかったからよかった。6年の充電期間があったので、経営のこともわかったし、お金の流れも少しはわかった。飲食業の変化もずっと見ていたので、それでいいスタートが切れたんです。

ライバルは渋谷「109」

 福島 1号店は銀座「ヴァンパイアカフェ」。いきなり銀座というので、ちょっとびっくりしたんですけれど。
 松村  ここがポイントですね。例えばタリーズさんやスターバックスさん、マクドナルドさんは、すべて銀座がスタートです。餅は餅屋じゃないですけど、やっぱりや るならどこっていうのがあるわけです。ディスコなら六本木、メイド喫茶なら秋葉原とか。レストランはやっぱり銀座なんです。マスコミの取り上げ方もまった く違う。ただし、銀座は敷居が高いわけです、本当に。
 福島 そうでしょうね。お金もかかるし。
 松村  お金もかかるし、大家さんが固い。「この若造は」って感じなんです。最後の最後で見つけた物件も、最初はなかなかOKしてくれなかった。一度は心が折れそ うになって「まあいいか。板橋ぐらいに出そうか」とも思ったんです。でもやっぱり、初心を忘れちゃいけないということで粘りましたね。
 福島 成功したヴァンパイアカフェの2号店、3号店という発想は?
 松村 ないです。チェーンの方がいいという意見もたくさんありましたが、これは僕らの使命だからやり切るしかないと。
 福島 1業態1店舗を多店舗展開する「個店主義」は、最初からずっと温めていたアイデアだったのですか。
 松村  しばらくは、特に考えもなく好きな店を作っているだけでした。しかし、5店舗目に出した赤坂「黒提灯」という居酒屋が大ヒットした時に、個店主義でいこう と決心しました。僕らには、業態を作る能力があることを確信したからです。みんなが心配したフレンチレストランの居抜き物件を、低資金で繁盛店に変えたわ けですから。自信ありましたね。
 福島 お店の個性が強いから、1つの店舗だけを見ると、飽きられるのも早いのでは、とも思えますけど。
 松村  よくいわれます。ヴァンパイアカフェもオープンした時は、みんなにいわれました。今7年目なんですが、売り上げはいまだに前年対比で伸びています。オープ ン時のメニューはもうありませんし、常にイベントなどでブラッシュアップしているからです。しかも、銀座にしかないので陳腐化しにくい。これが新宿、渋 谷、池袋とあったら、もう終わっていたでしょうね。僕は、ライバルはどこかと聞かれると「飲食業にはいない。僕らのライバルは渋谷の109だ」と答えてい ます。
 福島 109?
 松村 109というファッションビルの中には、いろんなファッションブランドがあるじゃないですか。僕らもダイヤモンドダイニングという箱の中に、いろんなレストランや居酒屋があるというスタイル。だから戦略は一緒だといっています。
 福島 業態のアイデアが枯渇したらとか、そういう不安はないですか。
 松村  僕一人だったら多分あると思うんですよ。でも、今はチームで動いているので大丈夫です。常に40業態ぐらいをストックしています。そして、出店場所をマー ケティングして、ここでやるぞと決めた瞬間に、この40の中からあれば出しますし、なければ作ります。この繰り返しです。全然枯れないですね。

「立地ありき」の業態開発

 福島 業態開発では、どこにポイントがあるのですか。
 松村  外食企業は流通とオペレーションの2つが重要ですが、ここをどう考えるのかです。例えば、うちには300種類以上の本格焼酎を揃えた「竹取百物語」という 店があります。これは大手にはできない。なぜならチェーン全店分の300種類もの焼酎を、常時確保できる流通がないからです。欠品などが必ず出る。個店 じゃないと無理なわけですよ。
一方、オペレーションというのは、店をスムーズに回すための仕組みです。オペレーションを考える場合、扱う商品が多くなればオペレーションが難しくな る。絞った方が楽なわけですね。でも僕らが店を作る時、そこはまったく考えない。だから焼酎が300種類ある店、梅酒が100種類ある店、ベルギービール が100種類ある店というのを作れる。で、作った後に流通、オペレーションを整えます。そこが大手との違いです。
 福島 作った後で整える方が、はるかに難しいですよね。
 松村 難しいです。でも、先にオペレーションを組み立てると、つまらない店にしかならない。だから僕らが勝てるんです、はっきりいって。
 福島 画一的なチェーン展開は、もはや受け入れられない時代だと。
 松村  ファーストフードは別ですが、アルコールも提供する重飲食では、チェーン店はもう無理だと思っています。飲食業というのは、基本的には全部個店なんです。 そこをみなさん、間違っておられる。銀座で1店舗当たったからといって、それを渋谷に出すのは大間違い。銀座と渋谷はマーケットが違う。銀座の中でさえ、 道を1本隔てるとマーケットが異なる。にもかかわらず、みなさん、店ありきで出店している。
 僕らの出店はあくまで立地ありき。立地を決めたら、そこを徹底的にマーケティングします。その街にどういうニーズがあるか、どういうお客様が多いか、客 単価いくらの店がヒットしているか、どういう店があったらいいのにないのか、などを徹底的に調べて、それに合った店を作ります。その違いです。

従業員に3つの約束

 福島 チェーン展開のよさは、食材の一括大量仕入れや、設備の統一などによるコスト削減効果ですよね。その点、個店主義は割高になる部分もあると思うんですけれども。
 松村  業態は違っても、野菜や肉、調味料など、基本的な食材の8割は全店共通。一括仕入れが可能です。割高な部分も確かにありますが、逆に自由が利くんですよ。 例えば台風で野菜が高騰した場合でも、チェーン店はメニューの料理を簡単には変えられない。だから原価が上がる。でも、僕らはその野菜をはずせばいい。1 店舗しかないですから。
 食の安全にしても、例えば狂牛病が発生すると焼き肉チェーンや牛丼チェーンは大打撃ですよね。でも、僕らはメニューからはずすだけでいい。あるいは業態を変えるだけですから楽です。
 福島 コスト高かもしれないけれども、リスク低減という大きなメリットがある。
 松村  コストも下げられるんです。例えば団体客が当日キャンセルになる場合もあるじゃないですか。大手だったらメニューをいじれないから、その食材を腐らすしか ない。でも僕らは現場の裁量で、その食材をお通しなどに転用できる。だから、本当にロスが少ない。原価率は大手より低いですよ。
 福島 確かにFLコスト(原材料費+人件費)率は50%以下。通常の外食企業は60~65%ぐらいだそうですね。
 松村  そうです。僕は従業員に3つの約束をしています。「お客様を喜ばす」「コンセプトをはずさない」「予算に基づいて適正な利益を上げる」。この3つを守れば 何をやってもいいと。好きな食材を発注し、好きな料理を作って、好きな料理名を考えて、好きな盛り付けをして、好きな音楽をかけて、好きなものを着ていい といってるんです。
 彼らは自由だって喜ぶんですけど、それは間違い。人間1番楽なのは、マニュアルを遂行するだけで、考えなくていいこと。自由を与えられた瞬間、お客様の 要求以上のものを提案しなきゃいけなくなる。そのためには常にインプットが必要だから大変なんです。でも、自分で考えたメニューを具現化し、お客様におい しいといわれたら1番うれしいわけですね。だから、辞めないですよ、従業員は。
 福島 辞めない。
 松村 辞めない。裁量を持たせているから。僕は、料理はクリエイティブなものなので、日々変わっていいと思っています。今日の仕入れでメニューが少し変わるのは当然だし、盛り付けが変わるのも当然だと。そこは彼らに任せています。

「今」を100%やるしかない

 福
 企業理念に「お客様歓喜」を掲げていますね。今は豊かな時代ですし、少々おいしいものを食べたぐらいでは、簡単には感動しない。そういう中でお客様歓喜を実現するのは、相当難しいようにも思えますが。
 松村  それでも、そこにいかないと生き残れない。僕は会社のコンセプトを「おもちゃ箱」だといっていますが、とにかくワクワク・ドキドキさせたい。確かにデパ地 下などもおいしいですが、そこへ寄らずにうちにきていただく。そのためには本当に歓喜させるしかないということで、いろんな工夫を凝らしています。
 福島 メニューだけではなくて。
 松村  例えば店名は「ベルサイユの豚」や「魚頭健蔵」、「オペラハウスの魔法使い」などと覚えやすさとインパクトを重視しています。DMやWeb、メニューブッ クや箸袋なども各店ごとに、社内のデザイナーが遊び心を意識して作成。そうしないと僕らの存在意義がないと思っています。
 福島 人材育成については、どんな考えをお持ちですか。
 松村  裁量を持たせ、よくいえば自由、悪くいえば投げっぱなしってやつですね。本当に経験させるしかないと思っています。僕は社員に「挑戦しろ」ということをよ くいいます。挑戦の先には成功か、もしくは経験しかない。大きい挑戦の先には大きい経験と大きい成功しかない。やらないことが1番「無」ですから、何もな い。とにかくチャレンジしろと。
 また、物事を先送りするな、ともいっています。将来というのは「今」の連続でしかないわけですから、今を頑張れなければ絶対に将来もない。今!、今!、今!の連続だと思って、今を100%やるしかないといっています。
 福島 先ほどの「3つの約束」でも感じましたが、社員の方は勤めてはいるけれど、独立しているような状態なのでしょうね。好きなことをやれるという意味で。
 松村  「強い信念と誇りを持っていけ」ということです。もう、やり切るしかないと思っていますね。人間は弱いので、例え夢があったとしても、やっぱり逃げるの は、弱い自分自身だったりするわけです。「もういいか」と思ったりして。だから、やり切るしかない。それには、強い信念を持つしかないんですね。
 福島 ご自身がやり続けられる、その原動力は何なのですか。
 松村 社員ですね。社員がいっぱいいるから頑張っています。その先にはお客様もいらっしゃるし。使命ですね。応援してくださる方も多いんで、ここは本当にやり切るしかない。そう思っています。
 福島 2011年に「100店舗100業態」を目標としていますが、その後は?
 松村  いろいろと考えています。1ついえることは1000店舗1000業態はやらないということ。そして、食というドメインは変えないことです。食という枠の中 で、いろんなことやります。そこからの5年がリーディングカンパニーになるための、本当の勝負だと思っています。(敬称略)

○松村厚久(まつむら・あつひさ)氏
 1967年生まれ。高知県出身。日本大学理工学部在籍中に「サイゼリヤ」でアルバイトをし、そこで外食産業の魅力に開眼する。卒業後は日拓エンタープライズへ就職しディスコの店長などを勤める。28歳で独立し、96年に(有)A&Yビューティサプライを設立、社長に就任。日焼けサロンの展開を経て01年に外食産業へ進出。02年12月、(株)ダイヤモンドダイニングに商号変更し、同社社長に就任する(現任)。
インタビュー後記
 印象的だったのは「やり切るしかない」という言葉が、何度も繰り返されたことです。どんな質問にも、息つく間もないほど一気にお答えいただき、本当に熱いものを感じました。ただし、情熱だけで経営はできません。松村社長が長けていることは「時代の空気を敏感に読む」ことだと思います。
 今の消費者は、生活の豊かさの見直しを始めています。飲食業やサービス業に求めるものも、「画一的から個性的へ」や「デジタルからアナログへ」ではないでしょうか。早く、安く、おいしいだけでは、もはや消費者の支持は得られません。
 個店主義は、こうした時代の空気を敏感に読んだ松村社長ならではの戦略でしょう。しかも、サイゼリヤやディスコで培った実務ノウハウも着実に根付いているはずです。「本当の勝負は100店舗100業態を完成した4年後から」とのこと。次にどういう展開をされるのか、今から楽しみです。(談)