福島敦子のアントレプレナー対談 No.20

(写真◎乾芳江)

フジタ・エージェント◎藤田英明社長

元Jリーガーの新たなチャレンジ
理想の「介護事業」を全国展開
(株)フジタ・エージェント(東京都墨田区)
特別養護老人ホームを退職した藤田英明氏が04年2月に(有)地域福祉整備センターを設立し、同年5月より小規模多機能介護事業「茶話本舗」を開始。05 年5月にグループの本部機能を担うフジタ・エージェント(有)を設立(06年2月に株式会社へ組織変更)し、06年8月より「茶話本舗」のFC展開をスタートする。事業所数は60(直営23、FC27/07年6月現在)で、今期は100事業所、来期は200事業所体制を計画している。
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Jリーガーの栄光と挫折

 福島 藤田さんはJリーガーから介護分野に転身されたという、異色のキャリアをお持ちです。まず介護業界との接点から教えてください。
 藤田 高校を卒業してJリーグ(平塚ベルマーレ)に入りました。その時「Jリーグで10年プレイしてお金を貯めたら、老人ホームを作ってうちの婆ちゃんを入れよう」という想いがあったんです。
 福島 なぜ、そう思ったのですか。
 藤田 ものすごく婆ちゃん子でしてね。小学校の頃は夏休みに婆ちゃんの家にいくと、もう泣いて帰らなかったタイプなんです。
 福島 将来は、お年寄りの役に立つような仕事がしたいと。
 藤田 そこまでの考えはなかったんですけど。婆ちゃんも衰えてくるだろうし、どこかの施設に入るんであれば、自分の目の前にいてもらいたい、という感じですね。
福島敦子氏 福島 小さな頃からサッカーをやってこられて、高校(鹿児島実業高校)では全国優勝。そしてJリーグでの活躍という華やかな経歴をお持ちだけに、サッカーを離れるのは大きな決断だったと思います。
 藤田 そうですね。ただ、両膝を怪我してしまい「このまま続けたら将来は車椅子」と医者にいわれていました。故障者リストに名前がのってしまい、しかもチームの予算も大幅カット。それで実質解雇ですね。
 福島 当時は強烈な挫折感が、おありだったと思うんですよね。
 藤田 その時は本当に、生きるか死ぬかの選択から始まったという感じです。ずっとサッカーしかやってこなかったんで、生きている意味がないというか、他にやることもない。アルバイトすら、したことがなかったんですよ。
 福島 すぐに介護が思い浮かんだわけではないのですね。
 藤田  それからの半年ぐらいは、いろんなことを考えました。で、たまたま米軍兵士と仲よくなったんです。彼は「これからの日本はシルバービジネスが絶対くるか ら、お前やれ。ブラブラしていないで」と。その時に思い出したんですよ。「そういえば俺、婆ちゃんを入れる施設を作るんだった」と。それで介護の仕事を やってみようと思ったんです。

既存施設への憤り

藤田英明社長 福島 その後、特別養護老人ホームに就職されますよね。実際どうでしたか、仕事をされてみて。
 藤田 2週間ぐらいで向いてないと思いました。まだ若かったですし、なんで俺がこんな仕事をやらなきゃいけないんだと。上司にそう話したら、「案外根性ないんだね」といわれましてね。カチンときて「じゃあ、やってやろう」と。今思うと、うまく乗せられたのでしょうけど。
 福島 最初はどんな仕事をしていたんですか。
 藤田 例えば排泄の手伝いやオムツの交換ですが、最初は臭いも耐えがたかったですね。お風呂にしても、服を脱がせ、風呂に入れて洗って着替えさせてと全部やりました。
体力には自信があったんですけど、お年寄りが車椅子から落ちないかとか、ベッドから立とうとしていないかなど、1日中気を配るので、本当に疲れましたね。毎晩7時か8時には寝ていたほどです。
 福島 それだけの重労働ですと、やめたいと思うのも自然ですね。でもその上司の言葉で。
 藤田 「やってやろうじゃないか」と。で、3カ月間ぐらい続けた時に、その上司が施設長とぶつかって結局20人ぐらいが一気にやめちゃったんです。残った正社員は俺だけで、後はパートのおばちゃん。自分もやめようかなと思いました。
でも、ここでやめてパートのおばちゃんしかいなくなったら、お年寄りの介護が、ほとんどできなくなる。放っておかれるだろうという想像がついたので、「これはやめられないぞ」と。
 福島 責任感が強いのですね。
 藤田 それからは泊まり込みですよ。夜勤して翌朝から日勤して、そのまま夜勤してと。そういう状態が3カ月続きました。かなりハードでしたが、だんだんとそこで暮らすお年寄りたちの気持ちが分かるようになりましてね。それからですね。介護に引きつけられたのは。
しかも、人がいないので相談員、事務長、副施設長と、入社1年半で立て続けに昇進し、勉強せざるを得なかった面もありました。
 福島 No.2になったわけですね。
 藤田 かといって、それに伴う知識や技能があるかといったら、何もない。だけど任された以上はその仕事をきっちりできなければ、お年寄りに迷惑がかかる。そこで、またもや泊まり込みです。介護福祉法とか老人介護法などの分厚い本をひたすら暗記しました。
 福島 すべて独学ですか。
 藤田 その施設を日本一の社会福祉法人にしようと、本気でそう思っていたので頑張れたんです。
ただ、頑張っている中で分かってきたことは、当時の介護業界にはサービスを向上させるという意欲を持つ事業者が少なかったということです。介護保険前は 民間が参入できず、社会福祉法人などが事業を展開していました。その既得権の中で、人件費を削減しコストを抑えるという発想だけが優先するわけです。業界 のそういう考え方に、だんだんと憤りを感じてきましてね。
やがて介護保険ができ、民間が参入できるようになった。当然、質が高くて安価なサービスの競争になる。サービスの質の低いところは自然淘汰されると思い、会社を興す決心をしたんです。
 福島  現実から逃げないんですね。仲間のスタッフがやめた時に一緒にやめていれば楽だったと思うんですけれど、お年寄りを見捨てられなかった。また、副施設長と してそのまま過ごすこともできたと思いますが、介護業界を変えたいという思いを強くした。ずっと昔からそういう性格なんですか。
 藤田 そうですね。正しくないことはやりたくない、というのはありますね。

お年寄りの機能回復

 福島 そもそものところで、介護事業のタイプを教えてください。
 藤田 大きく3つに分かれます。1つが「施設系」、特別養護老人ホームや老人保健施設です。それから「在宅系」。これはうちがやっているデイサービス(通所介護)や訪問介護など。そして3つ目が要支援者向けサービスです。
これは「介護は必要ないが支援が必要」という方向けで、リハビリなどがメインです。
大きく3つに分かれますが、施設系は現状、社会福祉法人か地方自治体しかできません。民間の施設系は有料老人ホームといい、介護保険とは別枠です。
 福島 では御社が展開している「茶話本舗」という地域密着型の介護サービスには、どういう特徴があるのですか。
 藤田 基本的には在宅系の、小規模多機能介護事業というデイサービスです。うちの大きな特徴の1つは、普通の一軒家を施設に使っていること。普通、介護施設というとバリアフリーに鉄筋コンクリートというイメージですよね。でも、うちの場合は本当に一軒家で段差もあります。
その狙いの1つは、初期投資を抑えて低料金設定を可能とし、利用しやすくすること。そして、もう1つ重要なことが機能回復を支援することです。バリアフ リー施設でデイサービスを終え、帰宅したお年寄りに一番多い事故は、転んで骨折することです。施設には段差がないので、足を上げないすり足歩きになる。と ころが自宅はバリアフリーではないので、ちょっとした部屋の段差でもつまずいてしまう。
それならば施設に段差をつけておき、職員が見守る中でその段差を越えてもらう。お年寄りは必然的に足を上げます。そこで機能を回復する方が、トレーニングマシーンを使うよりもずっと自然だと思います。
 福島 でも、介護をする職員の人たちの負担が大きいのでは。
 藤田 何のために介護をするのか、です。介護職のミッションはお年寄りの機能を回復したり、生活のレベルを高めていくこと。バリアフリーなら職員は楽ですが、利用者にとっては機能低下の危険性がある。どちらを取るかで、うちはお年寄りの機能回復を選択したわけです。

FC展開の狙い

 福島 茶話本舗はフランチャイズ展開されています。介護分野でのFC事業は珍しいと思いますが。
 藤田  そうですね。例えば直営で全国にバッと出しますよね。そうすると、東京などよその企業が進入してきたということで、地場の介護事業者は敵対心がむき出しに なる。しかし、FCの場合は、地場の企業や個人が介護事業を始めるので、地元のネットワークを活かしやすい。これがFCの大きなメリットですね。
 後もう1点が、コミュニケーションの円滑化ですね。お年寄りとの会話では、方言やその土地の風土・名産品、地元の有力者などの話題が欠かせません。オー ナーが地元の人だとすんなりできますが、東京の職員を転勤させたらそうはいきません。なかなか地元にとけ込めず、情報を集めるのも難しい。介護の直営店の 全国展開が難しいのは、そういうことが要因の1つだと思います。
 福島 FC加盟希望者の状況は、いかがですか。
 藤田 やばいぐらいです。今、2000件ほど申し込みがきており、その選別に苦労しているところです。書類審査をした上で面談になりますが、ただ金儲けだけを考えている人であれば、それでもう「さようなら」というスタンスです。
 福島 志を同じにできるかどうかということを重視する。
 藤田 そこがしっかりしてさえいれば、お金は絶対に後からついてくる。そういう事業なんです。

介護ビジネスの収益性

 福島 でも、どうなんでしょうか。介護は利益が出ず、ビジネスとしては難しいと最近よく聞きます。
 藤田 簡単なんですけどね、本当は。ただし、一部の大手が展開している訪問介護主体のビジネスモデルは、はっきりいって儲からないです。
 福島 なぜですか。
 藤田  介護保険のサービスは全部で30種類以上ありますが、その中で1番収益率の高い事業はデイサービスです。きっちり管理すると営業利益率は55%ぐらいにな る。2番目が短期入所・ショートステイで、40%ぐらい。3番目が特別養護老人ホームで25%ぐらいです。一方、訪問介護は介護報酬の70~80%が人件 費に回ってしまい、どんなに頑張っても利益率は10%前後です。
 この差は何かといいますと、結局、厚生労働省が今後増やしていきたいサービスが、デイサービスやショートステイだということなんです。自宅から通う介護 サービスが増えれば、入院患者や老人ホームの入所者が減る。結果、医療関連支出も減ることになるということで、デイサービスやショートステイの報酬をよく しているんです。
 福島 同じ介護といっても、扱うサービスが違えば収益性もまったく違うわけですね。
 藤田 訪問介護サービスは、身体的機能が衰えてきた方たちに対するサービスが多い。一方、うちのような小規模デイサービスは認知症の方へのサービスがメインです。
介護保険サービスを受けるためには要介護認定を申請し、要介護度の判定を受ける必要があります。その調査項目では、認知症の傾向が強いほど要介護度が高 くなる構造になっている。うちの場合は認知症の方に多く利用いただいており、要介護3(重度の介護を要する状態)以上の方がほとんど。介護保険を使って提 供できるサービスが、訪問介護主体の企業よりもずっと多く、受け取れる報酬も大きく違うわけです。
 福島 そういう方たちの介護に力を入れたいとの思いが、収益力にもつながったということですね。
 藤田  そういう方たちが多く利用するように設定することが、ビジネスとしては重要ですね。例えば認知症の方を介護する上での一番いい環境とは、少人数の顔見知り の中で生活してもらうこと。うちの場合、だいたい1施設1日定員10名です。しかも、段差があるので身体的機能の弱った方は利用しづらい。その分、認知症 の方が多く集まってくる。
 福島 それを計算して。
 藤田 計算しています。結果として、認知症の方が快適に過ごすことができ、我われも事業として成り立つ。そして行政にもメリットがある。だから、ウィン・ウィン・ウィンの関係といっています。

これからのビジョン

 福島 これからますます高齢化が進む中で、今後の介護はどういう制度が理想的だと思われますか。
 藤田 難しい問題ですね。先日、スウェーデンの介護事業者と話をしました。スウェーデンは1960年代からずっと日本以上の高齢化社会だったんです。その国が40年かけてやっと小規模施設に至ったと。
 昔は800人以上収容する大きな施設を作っていたのですが、それよりも地域の中にあり必要な時に必要な量のサービスをいつでも使える状態する方が、効率がいいということにやっと気づき始めたというんです。
ただし、事業としては完全に赤字らしいです。スウェーデンは人口900万人ほど、GNPの65%は税金という社会ですが、それでも介護の財政は厳しい。
 まして、日本には1億2000万人もおり、高齢化の速度はスウェーデンの倍以上。今の制度のままでは絶対に財源が足りなくなる。今後は年金と介護保険料を一緒に徴収する方向ですし、年金のように納めない人が増えるかもしれない。そうしたら完全に足りなくなるはずです。
 それもあって今、プライベート介護保険の商品化を保険会社と一緒に計画中です。例え国の制度が頼りにならなくなったとしても、きちんと給付を受けられる民間保険です。
 福島 次から次へとビジネスのアイディアが生まれてきますね。藤田さんが最終的に目指すビジョンとは、どういうものですか。
 藤田 最終的に目指すのは、既得権益を食い物にするような社会福祉法人がなくなる社会、ですかね。そのためには質が高くて安いサービスを提供し続け、その数を全国で増やしたいと思っています。
 福島 今はフリーターやニートなど、仕事に就かない若者がたくさんいます。彼らをどう見ていますか。
 藤田 今、厚生労働省の外郭団体から講師を依頼されています。年間を通じてニートやフリーターたちとざっくばらんに話をします。テーマは介護の仕事について。「やってみないか」と。
 福島 すごく効果がありそうですね。藤田さんが情熱を傾けていることがよく分かりました。
 藤田 今は、それしかやる気がしない。何といってもサッカーの次の人生ですからね。(敬称略)

○藤田英明(ふじた・ひであき)氏
 1975年生まれ。幼少よりサッカーに没頭し、高校卒業と同時にJリーグ・平塚ベルマーレに入団。退団後、介護業界に身を転じ、特別養護老人ホームなどにて現場業務を経験。現在はフジタ・エージェント代表取締役として「茶話本舗」の全国展開事業のほか、シルバービジネスに対するコンサルティング事業、介護施設の運営代行事業、研修事業など幅広く活躍中。
インタビュー後記
 藤田社長は元Jリーガーという異色の経歴で注目されがちです。でも、お会いして強く感じたことは「今後の介護業界に新しい風を起こすのでは」ということです。
 理由の1つは驚くほどの勉強家であること。介護の専門書や法律書はもちろん、経営書から中国の古典までと幅広く目を通し、経営とはどうあるべきかを日々学ばれています。しかも、介護現場での豊富な経験も強みですね。最初に勤めた老人ホームで死に物狂いで働きながら、介護される老人の思いや、働く人の環境、業界が抱える課題などを肌で実感。その経験が今、大きな財産になっていると思います。
 藤田社長の心の奥は今も、大好きだったお婆様への優しい気持ちを失っていないはずです。だからこそ、事業に対する冷静な戦略と、老人への慈しみという相反するテーマが両立しているのだと思います。これからの活躍が、本当に楽しみです。(談)