福島敦子のアントレプレナー対談 No.10

(写真◎乾芳江)

やさしい手◎香取眞恵子社長

子供を堂々と産み育て
安心して働ける環境作りたい
やさしい手(東京都目黒区)
前身は香取社長が大学卒業後の64年に創業した看護師家政婦紹介所「大橋サービス」。80年代には紹介件数で国内トップにまで躍進した。香取社長の欧州視察を機に、93年在宅介護事業へ進出。「やさしい手」を設立した。現在、両社は合併。「お客様に信頼され、誰からも期待される社会評価の高い会社」を企業理念に躍進を続けている。04年6月期年商70億円(前年比117%)。
●沿革
1964年 「(株)大橋サービス」設立
1993年 「(株)やさしい手」設立。在宅介護・介護機器販売レンタルサービス開始
1996年 やさしい手全国FCネットワークシステム開始
1999年 訪問介護員2級養成事業を開始
2000年 ISO9001取得
2001年 大橋サービスを吸収合併

大学卒業と同時に起業

福島敦子氏 福島 働く女性の大先輩にお会いできて光栄です。軟弱な私としましては、いろいろ喝も入れていただきたいと思っております(笑)。
 香取 私がいただく方です。こちらこそよろしくしくお願いします。


 福島 日本では残念ながら、女性経営者がまだ少ないんですよね。香取社長が起業されたのは64年。女性起業家はもちろん、働く女性も少なかった時代に、大学を卒業してすぐに事業を起こされたと聞き、大変驚きました。まず、その経緯から教えてください。
 香取 私の場合、それしかなかったといった方が正解だと思います。と申しますのは子供の頃に私が置かれた環境が、ちょっとと変わっていましてね。母は家事があまり得意ではなかったんです。そのことで父が怒るのを、何とかしてあげたかった。
 キッチンに手が届かない幼い頃から、夢中でお茶碗を洗ったりしたんです。そうすると母の機嫌がいいのがうれしい。父もうるさくないですしね。先へ先へと考えて、母の黒子のように何でもやっていたんです。


 福島 お母様は家事が苦手でいらした。
香取眞恵子社長 香取 素敵な人なんですよ。でも家事が駄目。父にいつも怒られるのですが、割に素直に謝っていました。その光景を見ながら「もし母にも収入があったら……」と思いました。女性が輝くには裏づけとして仕事や収入が必要なんです。
 やがて大学に入り、そこで素晴らしい女性教授にめぐり合いました。先生は女性の地位向上に熱心で「女の人に心底輝いてほしい」と願っていました。

 先生の講演では付き人をやっていたんですよ。話を聞いていただきたかったのは、本当は若いお嫁さん世代だったんですが、子供とそのおばあさんやお姑さん ばかり。ずっと聞いているうちに、私が一番よく聞いてしまって。先生の話を「本当にそうだ」と思ったのは私でした(笑)。

 やがて就職活動の時期に入ったのですが、どうしても就職先がない。その時に「だったら私が仕事の紹介所をやろう」と思いました。
 たまたま母がお嬢様で家政婦さんがいたんですが、先生と話していた時も「どうしたいの」と聞かれ、とっさに「紹介所をやりたい」と答えてしまいました。そんなことがきっかけで、近所の元看護師さんなどに出資や協力をいただいて、私が社長になったんです。


 福島 家政婦・看護師の紹介業から、93年に「やさしい手」を設立されました。介護分野に参入された動機はなんだったのですか。
 香取  欧州の高齢者の実態を視察する機会がありました。日本の高齢者は、家庭の中で隅に追いやられて文句もなく、欧州の高齢者は自分が中心。子供の世話にはなら ず、自分を中心に世界を作っている状況を目の当たりにしたんです。日本も自己主張の強い高齢者が、これから大勢出てくると思いました。

 欧州では幼稚園の隣に地域の高齢者施設があり、食事を出したり、高齢者と子供たちが触れ合えるコミュニ ティー空間を作っていました。それを見た時に、日本もこうなるんじゃないかと感じたんです。
 今でいえばデイサービス(介護を要する高齢者が通所認定を受けた施設で、食事や日常動作訓練などを受けられる日帰りケア)です。日本もこれからは高齢者になっても個人が中心の世界がくることを直感し、介護サービスの仕事を始めました。

 

 

ヘルパー教育の重要性

 香取  今力を入れているのは、ホームヘルパー(訪問介護員)の教育です。多くの専業主婦は、食事を作り、子育てしながら夫を家でじっと待っています。そして夫が 夜遅くお土産を買って帰ってくると「こんなものでだまされるか」と思っている。「私一人子育てでこんなに疲れて」との思いが募るばかり。
そこで家族に何かしてもらおうと思うのだけど、人にしてもらうことでは渇いた自分を癒やせない。ところが体調 が悪い近所の高齢者の家にちょっと寄って、 おかゆを作ってあげたら、大変喜ばれた。その時の充実感は相当なもの。この次には玉子焼きでも作ってさしあげたいと思えるぐらいです。
 夫に何かしてもらいたいと思った時の満たされない自分と、人に何かしてさしあげた時の満たされた自分とを、多くの女性が比べ始め、自分も仕事をしようと思うようになりました。介護の仕事は非常に充実感があり、そして社会貢献にもなりますしね。


 福島 ただ、介護の現実は厳しいものがありますよね。身内を介護している人のアンケートを見たのですが、3人に1人は憎しみを持ちながら介護しているという結果でした。香取社長がおっしゃったのはまさに理想で、そういうケースばかりじゃないと思うんです。


 香取  そうなんです。きちんとした介護教育を受けた人が、その知識や技術を使い、プロとして行なっても大変な仕事です。一緒に暮らしている家族だからといって、 続けていけるものではないのです。介護のプロだからできる、他人だからできるということが多いのです。やはり「家族は愛を」「介護はプロに」でなければ、 介護と生活は継続が難しいですね。

介護とは正しい知識や技術を学んで行なうべきもの。私どもでは本当に入口のところから、ホームヘルパーの目的を明確にして教育をしています。ホームヘル パー2級等の資格がなければ介護保険制度下のサービスはできません。その資格取得のための教育を無料で実施し、人材を育成しています。
 2級から始まり一級へ。そして3年目には国家資格である介護福祉士を取得する。さらに5年目にはケアマネージャーになって、利用者の生活や人生が向上するようなプランを立てる。そういうキャリアアップの教育制度を徹底し、目標管理を義務付けています。

 



介護保険の改正について

 福島  この春の介護保険制度改正を前に、いろいろと議論されていますよね。増え続ける給付を抑え、保険料の高騰を防ぐために、40歳以上が払っている保険料を 20歳以上にするとか。状態の悪化を防ぐために、転倒防止のトレーニングや食事療法を取り入れること等々。実際にこの事業に携わる立場から、どんな点を改 正すべきだと思われますか。
 香取 行政では要介護になる前の、 予防介護を重視する意見が多く出されていますが、これは主に保険給付の圧縮が狙いだと思います。介護事業者の売り上げは今、45%から47%が要支援と要 介護一(要介護認定基準のうち、介護度が低いレベル)です。その意味では量的なあおりを受けることも考えられます。
 一方で、私どもは「おまかせサービス」を用意。要支援や要介護一の認定基準の場合、介護保険では行なえない家事などのサービスを提供しています。介護保険だけにとらわれず、私どものサービス提供責任者と相談しながら、個々の状況に応じた訪問介護計画を提案しています。


 福島 そちらは自己負担で、ということですね。
 香取  そうです。医療費でも混合診療(健康保険診療と自費診療とを組み合わせた診療。現在は原則認められていない)が議論されています。介護も保険だけと考えず に、上手にプラスアルファのサービスを活用しながら住み慣れた家で安心して老後の生活を継続していただくことが、ご本人のためにも社会的にもいいことだと 思っています。
 保険料の徴収年齢引き下げは、今回は流れましたが、いずれ始まるはず。しかし社会保障の負担が大きくなり過ぎると、今度は若い世代が夢をなくすのでは、と危惧しています。


 福島 国民年金でさえ4割の人が払っていません。そんな状況で本当に介護保険料を徴収できるのかは疑問ですよね。
 香取 企業の社会保障負担が増え過ぎれば、日本経済が活性化しなくなる。富裕層の税負担も増加傾向ですし、そういう層が外国に移住したり、若い人がいなくなったりすれば、日本の元気がなくなってしまうのではと心配です。


 福島 若い世代としては高齢者の方も、ある程度までご自分でやっていただかないと、支えきれないという思いはありますね。
 香取 歯科治療のように、保険は痛む歯だけに使い、いい歯は自費でケアするという形が、これからの社会の仕組みじゃないでしょうか。そんな時には、本当に教育の行き届いた私どものサービスが、選ばれるんじゃないかと思っています。

 

 

独自のFC哲学

 福島 御社のFC加盟を希望する企業が今、急増しているとうかがいました。
 香取 ええ。全く違う業種から参入する企業でも、ある程度の経済力や地域での信頼があれば、すぐにでも事業が伸びますから。


 福島 介護というのは、ただ儲ければいいという事業ではなく、高い志がないと勤まらないと思います。そのことを十分に理解されて、加盟していただきたいですね。
 香取  人間はある程度成功した時に、何をやりたいかといえばやはり、社会のお役に立つ仕事ではないかと思います。そのことに全身全霊を集中して、自分の力を尽く してみたいと思う事業者がご参加くだされば、自分たちには厳しいかもしれませんが、社会に優しい、本当にいいサービスが広がると思っています。


 福島 FCの拡大は御社の利益構造も大きく変えそうですね。今は介護を受ける方々へのサービス提供が主ですが、FC展開すれば、介護事業のノウハウを各地域の事業者に提供することが主になってきます。利益率もぐっと上がってくるのでは。
 香取 そうです。訪問介護事業に関して申し上げると、これからの介護保険制度にもよりますが、マーケットは10%以上伸びるのではないかと思っております。


 福島 そうした展望は、投資家やアナリストに注目されそうですね。
 香取  いい仕事や、やりがいのある仕事のノウハウを蓄積して、これから新しく事業を始める方に指導しています。現在ちまたでは真面目とは思えない介護事業者も少 なくありません。非効率的だったり、儲け主義だったり、教育熱心でなかったり。知識がないために、いい加減な仕事をし、業界の評判を落としています。


 福島 コンビニ業界では一時期、FC本部と加盟店とのトラブルが多かったですよね。こういうことが起こるのは何が原因で、どうすれば防げるとお考えですか。
 香取 契約の内容にもよるんでしょうけれども、基本的には本部の指導力や創造性成長性の魅力がないことが要因ではないでしょうか。「聞かなくてもできるわ」という状況になったら、そうなるんじゃないかと。


 福島 なるほど。
 香取 ところが介護の仕事は永遠ですし、絶対に質では負けません。私どものノウハウはFCにそのまま公開しますから、いつでも追いこそうと思えば追いこせる。でもそれだけではなく、違うものや新たに聞きたいものを次々と創造しています。
すべてを公開しても、常に成長向上していますので、今日と明日とは違います。

 


育児と仕事の両立

 福島  女性経営者の取材で皆さん共通しておっしゃるのは「女性経営者は男性よりも孤独だ」ということです。経営者というのは最後は自分で決断をする。そして決断 したことに責任を持つ。そこは男女同じですが、女性の場合、男性社員が壁を作ってしまう。だからより一層孤独である、ということをおっしゃる方が多かった ですね。
 香取 経営者にもよるでしょうけれども、男性に頼った 女性経営者は確かにいますよね。私も数々の不安を乗り越えてきましたが、生まれつきの性格で、苦にもしないで、本当に一人で考え決断してきました。余り孤 独だと思ったことはありません。職員がいますし、その職員の成長をうれしく思っていましたから。もっとも周りに女性が多かったこともあります。


 福島 女性が多かったんですね。
 香取 ええ、設立当時は。今は男性が中心です。ちょっと前までは女性の取締役もいたんですけれど、冷静な判断力などでは、男性に比べて劣る部分もあります。ものすごい勢いで世の中の改革が進む中で、ついてこられない。そういうことで取締役はいなくなりました。


 福島 それは、たまたまその女性がそうだったということですよね。
 香取 そう。考え方についてこられない。でも最近、いずれ取締役になるだろうと思えるような、元気で優秀な女性管理者が増えてきています。
今いる優秀な女性たちが、どこまで挑んでくれるか。例え悲鳴をあげながらでも、男性を乗り越えていくような女性職員を応援していきたい。「頼もしいなあ、頑張れ」って。「男性社員の中にも絶対にモノグサがいるから、超えられない線じゃないのよ」とエールを送っています。

 女性にとっては出産が、悔しいけれど、男性にキャリアで追い抜かれる時期。それさえクリアできればね。子供を産みながらたくましく、男に子守をさせなが らでも、やっていただきたいのよね。子供が熱を出したら「私が預かるよ」っていってあげたり、「どこかに預けなさい」と。まだ発表していないんですけれ ど、保育料の領収書を持ってきたら半額は会社負担とかね。そんなことを考えています。

 介護の仕事って、利用者は女性の高齢者が多いですし、サービスする人も女性が多い。子供を育て愛する母親の目ですとか、家庭を持った女性の感性とか、そ ういう温かいものが脈々と生きる会社にしたいんです。私は男の子を三人育てました。結婚前から仕事をしていたので、子供を人に預ける辛さや育てる時の仕事 との両立の辛抱などを、よく分かっているつもりです。


 福島 仕事と子育ての両立を支援する事業も展開して、少子化の現状を打破していただきたいですね。
 香取 子供を堂々と産み育てて、安心して仕事ができる環境を作りたいと心から思っています。(敬称略)

○香取眞恵子(かとり・まえこ)氏
64年、大学卒業と同時に「大橋サービス」を設立。93年に「やさしい手」を設立し代表取締役に就任。年をとっても住み慣れた地域社会で、家族と共に安心して暮らせる総合サービスを展開する。シルバーサービス振興会のシルバーマークを取得。著書は『「住み慣れた家」で安心して老いる』等。
インタビュー後記
 これまで何人もの女性経営者にお会いしましたが、付け入る隙のない硬いイメージの方が多かった。ところが香取社長はホンワカとした柔らかな印象。そういう面だけではないと思いますが、少し意外でした。多分、人を助けたいという純粋な思いから家政婦紹介や介護事業を選び、ご自身が社長を務めることも自然な流れだったのでしょう。
 ホームヘルパー教育を強調されていたのも、その思いが原点だと思います。いい介護サービスとは何かを突き詰めると、どれだけ親身になってその人の介護を考えられるかに行き着きます。そういうサービスのできる人材をコストや時間をかけて育成するという戦略は、香取社長の信念であり、結果として強力な差別化策にもつながると思います。
 これからますます介護の重みが増してきます。利用者も人任せだけでなく、時には自己負担サービスを取り入れるなど状況に応じた組み合わせが大切ではないでしょうか。(談)